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「第134回事業計画発表会 講評・総括より *2014.3.10」

公開


早稲田大学
商学博士 松田 修一 氏

1943年山口県大島郡大島町(現周防大島町)生まれ。
1972年早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。
1973年監査法人サンワ事務所(現監査法人トーマツ)入所、パートナー。
1986年より早稲田大学に着任し、ビジネススクール教授などを歴任。日本ベンチャー学会会長、早大アントレプレヌール研究会代表世話人も務める。
2012年3月教授を退官後、株式会社インディペンデンツ顧問に就任。
インデペンデンツクラブ会長

1997年日本ベンチャー学会創設にときに、学会と実務界との懸け橋のために始めた事業計画発表会が、138回を迎えます。今般、学会の「産学連携委員会」の委員に國本社長も加わり、求めていた姿に近づきつつあります。1998年に出版した「日経文庫:ベンチャー企業」の第4版を2月に出版しましたので、配本いたします。超成熟・ハイコスト国家を乗り切るための「ベンチャー企業を活用したビジネスモデル輸出国家日本」を21世紀の日本モデルにすべきという思いと具体的政策提言を読み取っていただければ幸甚です。

今日は、テクノロジーレベルの高いプレゼンの2社の講評・総括を行います。

1.AOSテクノロジーズ株式会社(佐々木隆仁社長)
 1995年富士通の社内ベンチャーとしてAOSテクノロジーズを設立した佐々木社長は、プロジェクトベースの仕事の進め方で、情報産業として急成長し、日本で最も多くIPO起業家を輩出しているリクルートをモデルに経営を行ってきた。事業内容は、データ復旧・バックアップソフト等の開発である。ネット時代の犯罪が多発する中、消されたデータを復旧し、過去履歴を証拠として提出することで犯罪摘発に貢献し、最近話題のマイクロソフトXP向けのバックアップ認定会社となり、国際知財訴訟に関係しeディスカバリー案件で成果をあげている。
 そのビジネスモデルは、欧米にはベンチマーク企業があるが日本にないソフト事業をいち早く開発し、日本流の付加価値を付けて、日本市場のNo.1を長期に勝ち取り続けることによって、高収益を維持することである。ただし、常に先行投資型企業であるので、大型開発案件があるときには、利益が低下する。
 現在、eディスカバリー事業を、AOSリーガルテックとして子会社化した。今後の組織づくりは、親会社は開発中心のインキュベーション事業に特化し、事業化の明確になった子会社を次々とIPOをするモデルを考えている。過去IPOに挑戦したが、ITバブルの崩壊で断念した経緯があり、今後は着実に、しかもダイナミックにIPOを目指したいと考えているが、次の3つのポイントを指摘したい。
(1)経団連及び同友会の中核企業が委員会をつくり、IPOを目指す社内ベンチャーに挑戦した。この中で、最も組織的にかつ長期にわたり仕組みを維持した富士通から、IPO第一号が出そうである。今回は、技術紛争に弱い日本の救世主としても、IPO後の社会貢献を期待したい。
(2)親会社は開発とインキュベーション事業に特化し、子会社上場を目指しているが、IPO時に親会社との知財関係・利益相反・ガバナンスなど多様な課題で、子会社が事業として独立していないという判断で、子会社上場が認められない可能性がある。本来の目指した組織づくり、グループ作りの変更があることを、早期にチェックする必要がある。
(3)データ復旧という国や企業の機密に関する重要な事業に係っている。万が一、社内から他の機密情報が外部に漏えいすることがあったら、会社の営々と構築してきたブランド(顧客間信頼関係)は一気に崩壊する。退社する社員がほとんどいなく、現状では問題ないということであるが、この関係で、IPOをしない方が良いという意見が出ないように、最新の注意を払っていただきたい。

2.セイムクリック株式会社 川北潤社長
 1994年にシンクプラスを設立し、2004年からパソコン上のブラウザ同期技術の開発をし順調に成長したが、リーマンショックで2009年に事業を譲渡せざるを得なくなった。しかし、SyncPlus, Ltd.(香港の譲渡先)が技術の開発と活用ができなかったので、2011年に買戻し(現在75%)、2012年に国内でセイムクリック(株)を設立し、活動している。川北社長の事業経歴は、アップダウンクイズのようである。その事業内容は、世界中のインターネットユーザが既に使っているブラウザをそのまま活用しながら、ブラウザ上に、音声・チャット・Web共有を集約し、コミュニケーション時に常にWebを共有し、ブラウザ側(表示キャッシュメモリ)が広告メディアになるという特徴がある。
 ビジネスモデルは、ECやSNSに説明員が待機し、訪れた顧客と接続し接客できるB2Cモデル、ブラウザにIDを配布し、ブラウザ同士の通信サービス事業を営む一般通信サービスとしてのC2Cモデル、ブラウザ同士の通信ルートとして、「HTTP Router」を開発・販売する通信インフラモデルの3つのタイプがある。
 ブラウザ同期技術の知財戦略もあり、開発していた技術に、時代が追いついてきたといえ、これから開発コストを確保し、3つのビジネスモデルに挑戦し、IPOを目指そうとしているが、次の3点に注意する必要がある。
(1)日々の収入の確保から高い技術を持ちながら、新ソフト開発の完成よりも受託業務をこなし、初期資金を捻出する堅実な運営を行ってきた。従業員10名の開発要員全員が、開発に専念できるような資金調達を期待する。
(2)知財戦略を明確にした3つのビジネスモデルをもつ技術ベンチャーであるが、顧客視点で技術の活用領域を絞り込み、優先順位を決めて、具体的な収益モデルの深掘りをしないと、少ない経営資源の分散になる。浅く広くではなく、深く広い事業展開が必要である。
(3)過去の売却した事業の買戻しによる再出発であるが、香港会社の100%株式取得を早期に実施する必要がある。現在、再出発事業に支障はないということであるが、人の心は時間の経過や価値の増加によって変わる可能性がある。

※「THE INDEPENDENTS」2014年3月号 - p7より