アイキャッチ

「事業戦略と特許戦略」

公開


弁護士法人 内田・鮫島法律事務所
弁護士 溝田 宗司 氏

2002年同志社大学工学部電子工学科卒業後、株式会社日立製作所に入社。特許業務等に従事。2003年弁理士試験合格(2003年12月登録)。2005年特許コンサルタントとして活動。2005年04月大阪大学高等司法研究科入学。2008年03月大阪大学高等司法研究科修了。2009年09月司法試験合格/11月司法研修所入所(新63期)。2010年12月
弁護士登録。2011年01月内田・鮫島法律事務所入所。

【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】 http://www.uslf.jp/

1.従来のモデルから現在の失敗まで
前回、各企業は、各企業にマッチした特許活動ができていない点について述べました。だからこそ特許戦略が必要となります。

一時代前、日本の電機メーカは、こぞって特許出願の数を競いました。その結果、世界でもトップクラスの出願数を誇る企業が多数ありました。なぜでしょうか。

その頃いわれていたのは、技術開発すると同時にすぐに複数の特許出願をして、いわば護送船団方式で技術を保護する。そうすることで他社に対する参入障壁を築き、市場を独占することができるということでした。

ところが、この構図が最近になると崩れてきました。特許があっても事業に負け始めたのです。エルピーダメモリが倒産したり、シャープの太陽光パネルがシェアを取れなくなったのはなぜでしょう。特許力がたりなかったからでしょうか。もっと具体的にいうと、特許の数が足りなかったからでしょうか。答えは「No」です。

エルピーダは4000件以上の特許を持っていたし、シャープの太陽光パネルも5000件以上の特許で保護されていました。それにもかかわらず彼らが事業で負けたのです。

このことはエルピーダやシャープに限ったことではなく、日本の大手電機メーカの多くは、2005年頃までの特許戦略を大きくシフトさせています。

その最大の理由はこれから述べるように、事業戦略と特許戦略が乖離していたことにあるといえるでしょう。

2.事業戦略と融合した特許戦略の必要性
特許で勝る企業が事業で負けるのは、要するに市場性がない分野で特許を取っているか、あるいは市場性があるかもしれないがそれは特許とは無関係の要因で決まる市場だったということにつきます。もう少し掘り下げてみます。

特許権の存続期間は、原則として出願から20年間です。つまり、どれだけ優れた基本的な技術であっても20年間しか保護されません。また、ある製品を製造する際に絶対に使わざるを得ない技術があります。このような技術を保護する特許を、便宜上、「必須特許」と呼びます。このような「必須特許」は、どの分野であっても存在しますが、20年間で切れるになります。医薬品の特許をイメージすると最もわかりやすいかもしれません。化合物特許はまさに「必須特許」ですが、出願から20年(あるいは延長登録して25年)が経ち、特許が切れると一気に後発医薬品(ジェネリック)が出てきます。

そうです。つまり、特許が切れるとコスト競争に陥ることになりがちなのです。これは何も医薬の分野に限ったことではなく、機械・電気でも基本的に同じです。基本的には、どの技術分野においても、「必須特許」と呼ばれる特許は、その市場が誕生して初期の頃に取得されるはずです。電気・機械の分野になれば、「必須特許」が1件ということはないでしょう。例えば、メモリ1つ作るのに数十件の「必須特許」が用いられるはずです。ところが、その「必須特許」が切れてしまえば、基本的には誰でも作れることになります。そうなれば、技術の必須性は差別化になりません。(次号に続く)

※「THE INDEPENDENTS」2013年10月号 - p17より