「「ベンチャーと解雇規制」」
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國學院大学
教授 秦 信行 氏
野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)
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ベンチャーにとって資金と並んで人材、ヒトの調達は大きな経営課題である。あるソフトウェア関係の事業を展開している企業家は、自分の仕事の90%近くまでが人材採用=リクルートなのだと話してくれた。日本の場合、ご存知のように戦後長らく終身雇用が主流で、特に大企業においては解雇規制も厳しかった。日本で企業側の解雇権が制限されるようになったのは、高度経済成長が始まる1950年前後からのようで、その後この解雇規制が広く日本で定着して行った。厳しい解雇規制の中で多くの日本企業は、その解雇規制をある意味では逆手に取って、年功型の賃金体系を設け、企業内研修を強化し、社員を企業内に囲い込み、他の企業に転職することを困難にし、長期雇用を保証することで会社への忠誠心を醸成し、転勤や配属転換など本人の意思を余り問うことなく会社が社員を自由に使った。
企業戦士となった社員は、家庭など会社以外のことを顧みることが難しくなったが、その反面安定した仕事と収入を得ることが出来た。
こうした日本の雇用システムは、右肩上がりで経済、市場が拡大し、かつ個々の社員に専門的なスキルがなくとも集団の力を結集することで競争に勝てた時代の産物といえようが、そのために日本の労働市場は流動性に乏しくなり、加えて人々の大企業志向も相俟って、中小企業、とりわけベンチャーにとっては優秀な人材の採用が困難な状態となった。
先日もあるベンチャーの企業家と話をしていてエンジニアの採用の話になった。彼が言うには、優秀なエンジニアを採りたいので高い給与を出してもいいのだが、もし高い給与で雇った人がお眼鏡違いだった場合、解雇規制が厳しいためすぐに辞めさせられない、だから高い給与を出すことを躊躇する、結果優秀な人材が採れないというのだ。
人材の評価眼がちゃんとしていれば問題ないのでは、とも言えるが、ベンチャーにとって厳しい解雇規制と労働市場の流動性の低さは問題といえる。
以上の日本独特ともいえる戦後の雇用システムも、低成長時代となり国際競争が激化する中で、揺らぎ始めていることは確かである。今般の阿部政権下での産業競争力会議では厳しい正社員の解雇規制の緩和が議論され始めたと聞く。それは、新しい時代、新しい経済情勢下での新しい日本の雇用システム構築への模索といってよいであろう。
とはいえ、解雇規制の緩和はこれからの日本企業の経営の根幹にかかわる重要な問題であり、社員にとっても自らの生活に直結する問題であるだけに慎重に事を運ぶ必要はある。ただ、今まで人材採用が困難であったベンチャーにとって朗報であることは確かだ。
かつて高度成長期において、純日本企業には解雇を厳しく制限する判断を出した裁判所が、外資系企業にはその制限を緩める判断を出したと言う。同様に、今すぐ全面的な解雇規制の緩和が難しいとするなら、ベンチャーだけには特別な配慮をすることもこれからの日本の成長戦略にとって意味を持つのではなかろうか。
【起業家のサポーター】次世代を担うビジネスリーダーを探す(オフ・ビート北田勝久)
※「THE INDEPENDENTS」2013年5月号 - p18より