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「「IPO再考」」

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國學院大学
教授 秦 信行 氏

野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)

 IPO(Initial Public Offering=新規株式公開)の低迷が続いている。

 日本のIPO社数は、2006年の年間188社をピークに2009年の19社まで大幅に減少した。2010年には回復に転じたものの社数は22社と増加はわずかで、昨年2011年も37社にとどまった。今年も増加傾向は続くものの50社程度と予想されている。2000年以降の年間100社から200社のIPOから見ると依然水準は低い。

 日本の場合、上場会社数も近年減少している。数年前までは4000社近い上場会社数だったが、現状は3500社強。上場企業同士の合併などで減少したこともあるが、ワークス・アプリケーションズなど、MBO(Management Buy Out)によって自ら上場廃止を決断する企業が増加している。上場廃止を選択する企業が増えている背景は、株価低迷で上場することの魅力が薄れている一方、内部統制強化などで上場費用が増大しているからに他ならない。

 米国でもIPO社数は、全体でみると2000年以降多い年でも200社に届かず、ここ数年は100社前後、2008年、2009年にいたっては50社以下に留まっている。2000年以前の年間500社を上回るIPOがあった時期と比べると大幅にIPO社数は減少している。

 米国のIPO低迷は、2000年以降のITバブルの崩壊と内部統制の強化を規定した2002年のSOX法(Sarbanes-Oxley act)の影響が大きいと考えられる。特にSOX法はエンロンなど経営者の暴走を防ぐための措置とはいえ、それによって新規上場するための費用は平均で$2.5M(1ドル80円換算で約2億円)、上場後の上場維持費用も平均で$1.5M(約1.2億円)増加したと言われており、IPOすることの魅力を削いだといえる。

 そのため米国では今年になってJOBS法(The Jumpstart Our Business Startups Act)を制定、規制緩和の方向に舵を切った。これにより、小さい企業のIPO時の情報開示などの負担が軽減される。この立法が米国のIPOの増加を後押しすることは確かであろうが、かつてのような年間500社以上のIPO状況に戻るかどうか。

 企業にとってIPOの最大の意義は資金調達力の強化にある。しかしポスト産業資本主義時代を迎えた最近では、経済のサービス化やIT化でかつてほどの事業資金が要らなくなっている。加えて、各種のファンドやクラウド・ファンディングの登場によって、資金調達の多様化は一段と進展している。つまり、経営にとってのIPOの意味が薄れているわけだ。

 とはいえ、IPOの経営的な意義は資金調達力の強化にあるだけではない。筆者は、企業がIPO、すなわち株式を公開することで企業は真の意味で社会的な存在になると考えている。非公開企業が即私物化された企業ということでは勿論ないが、IPOによって社会が注目し監視する中で企業は経営され、社会貢献を目指すべきだと思う。その意味では、数多くの企業がIPOすべきだと考えている。昨今のIPO企業に課せられた投資家に配慮しすぎともいえる規制は少し残念だが、それに負けないで企業家はIPOを目指して欲しい。

※「THE INDEPENDENTS」2012年10月号 - p17より