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「アイデアを無断で特許出願された!」

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弁護士法人 内田・鮫島法律事務所
弁護士 柳下 彰彦 氏

1994年慶應義塾大学院理工学研究科物質科学専攻博士前期課程修了後、三菱化学株式会社入社、エンジニアとして電子写真感光体の研究開発に従事した後に、社内弁理士として同社知的財産部にて出願・渉外実務に従事。2006年から万緑国際特許事務所にて弁理士として稼働しつつ2009年03月桐蔭法科大学院夜間社会人コース卒業。2009年09月司法試験合格/11月 司法研修所入所(新63期)。2010年12月弁護士登録。2011年1月内田・鮫島法律事務所入所。2011年4月より桐蔭法科大学院客員教授(担当:民事模擬裁判、知的財産法)。

【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】 http://www.uslf.jp/

 今回は、ベンチャー企業が自社のアイデアを特許出願せずに協業の交渉相手(例えば大企業)に開示したために、交渉相手がこっそりと自己名義で特許出願をした(アイデアを盗んだ)というケースを題材として、取り得る対抗手段につき、平成24年4月から施行されている改正特許法の内容を含めて説明します。

 特許出願されてしまった場合、当事者の交渉によって出願人名義を戻してもらうのがベストですが、そのような穏当な結末になることはほとんどありません。こうした場合に取りうる対抗手段は、
(1)契約(秘密保持契約)に基づく対抗手段
(2)法律に基づく対抗手段
の2つがあります。

 前者は、交渉相手と秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement、NDAと略されます。)を結んでいる場合に、アイデアを無断で漏洩したこと(特許出願は出願後1年半で公開されます。)又は特許出願したこと自体を理由として、契約違反に基づき損害賠償を請求するという対抗手段です。ここで留意すべきは、損害の賠償を受けてもアイデアが戻ってくるわけではない点です(このほかNDAについては個別の留意点がありますので、別の機会に説明したいと思います。)。

 後者は、法律及び裁判例の蓄積によって認められる対抗手段です。NDAによる保護が受けられない場合でも保護を受けることができます。

 第一に、他人のアイデアを盗んだ特許は無効理由を有しますので、特許を無効にするための審判を特許庁に請求できます。しかし、審判請求が成功しても特許が無効になるだけでアイデアは戻ってきません。

 第二に、民法上、勝手に特許出願をしたことを理由に損害賠償を請求することができる場合がありますが、消滅時効が3年と短い上、アイデアが戻ってこないことは、NDAに基づく場合と同様です。

 第三に、アイデアを盗んでされた特許出願の公開後6か月以内であれば、一定の条件を満たすことにより真の出願人が特許出願をすることが可能です。ただし、ベンチャー企業にとって公開される特許出願を逐一チェックすることは難しく、盗まれたことを認識していない場合がほとんどなので、公開に気づかぬまま6か月が経過するケースも見受けられます。

 そこで、第四の対抗手段として、盗まれたアイデアに基づく特許出願又は特許権を取り戻すことが望まれます。この点については、平成24年4月以前は、特許権が付与されるまでは、一定の手続を経れば特許出願を取り戻すことができますが、一旦特許権が付与されてしまうと、限定された状況でしか取り戻せませんでした。

 このため、昨年の特許法改正で、特許権が付与された後でもアイデアを盗まれた側は特許権の移転を請求できるようになりました。なお、実用新案法、意匠法においても同様の改正がされました。

 このように、特許法の手続は充実しましたが、盗まれたアイデアを取り戻すためには、一定の期間が必要でかつ費用もかかる上、確実に取り戻せる保証もありません。このため、アイデアを開示する前に特許出願を完了させておくという原則を心がけることが得策と考えています。この点は前々回のコラム「ベンチャー企業と特許権(1)」の内容も参照いただければと思います。

※「THE INDEPENDENTS」2012年9月号 - p17より