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「【特別コラム】ベンチャー企業の資金調達に関する誤解」

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香川大学大学院地域マネジメント研究科
准教授 高木 知巳 氏

1963年香川県三豊市生まれ。82年丸亀高校卒業。86年早稲田大学政治経済学部卒業。86年日本合同ファイナンス(現ジャフコ)入社。91年MBA, London Business School。2007年アイビス・キャピタル・パートナーズを経て、11年6月よりインディペンデンツのパートナーとなる。2012年4月より現職。

ベンチャー業界に長くいると、行政や政治家からベンチャー振興策について聞かれることがある。未だに融資と投資の違いが分かっていないなど、ガッカリさせられることが多いが、よくある誤解にこんなのがある。

「日本の銀行には『目利き』が居ないので、ベンチャー企業に十分な融資がされない」

ウソ:実はベンチャー企業に限らず、中小企業に世界で一番融資しているのは日本の銀行である。かってより減っているとはいえ、2009年で230兆円の中小企業への貸出残高があり、これはGDPの半分の規模になる。米国は大企業も含めた非金融機関法人全体への貸出残高がGDP比で約40%であり、この比率はこの10年以上ほとんど変わっていない。

新規創業する会社の8割が5年以内に、9割が10年以内に倒産もしくは廃業してしまうといわれる中、仮に5%の金利を取ったとしてもこれではリスクに見合わない。「目利き」がいようといまいと、百発百中の目利きなど望みようもないので、そもそも融資という仕組みで、特に担保も経営者の連帯保証もなしでは商売として成り立つわけがないのだ。

2003年に石原都知事の肝いりで、「資金調達に悩む中小企業を救済する」として始まった新銀行東京は、無担保無保証融資制度も取り入れた。結果、不良債権が急増し、たった3年で東京都が出資した資本金1000億円を食いつぶし事実上破たんしたのはその証左だろう。同じく、元日銀マンである木村剛氏が設立した日本振興銀行が不透明な経営で破たんしたのも、設立目的に掲げた中小企業救済の理想と銀行経営として成り立つためのギャップに悩んだ結果ではなかったの
かと思っている。

計算上合わないのに貸しているのは、日本では一般的なことであるが、経営者による連帯保証と担保制度があるからだろう。兎角批判されることの多いこれらの制度だが、「米国では連帯保証が無いから再起が容易」というのは事実の片面しか見ていない。「米国ではリスクの高い中小企業ましてや設立されたばかりの会社に融資をする銀行はあまり無いから、結果として銀行借り入れしているベンチャーは少ない」というのが実態である。それでも借りたければ、米国でもやはり担保を提供したり、経営者個人が連帯保証しなければならない。

起業家にとっては、自己資金が足らない時、担保提供や個人保証してでも資金調達ができる選択肢があったほうがいいに決まっている。但し、「貸してくれるから借りてしまう」という側面もあるので仮に事業がだめになっても自分で返せる範囲内で借りるほうがいいと思うが。

ファイナンスの原則として、「リスクの高い事業はリスクマネーで、つまり、成功報酬の形態をとる株主資本で行う」というのがある。逆に、売上代金の回収までの運転資金とか回収の確実なものは資金コストの低い借り入れで賄うのが合理的だ。その意味で、石原知事や木村氏が行うべきだったのは、中小企業への融資を増やすことではなく、将来の日本経済の成長を担うベンチャー企業への投資であったように思う。新銀行東京は税金で投入された1000億円の資本金を3年で失ってしまったが、これだけの資金があれば、ベンチャーキャピタル(以下VC)ファンドを通じて、1000社に1億円の投資を実施することができた。その後、株式市況が悪かったので投資資金が全額回収できたかどうかは分からないが、少なくとも新銀行東京のようにゼロになってしまうことはなかった。

数年前来日したロンドン・ビジネススクールのジョン・ムリンズ(*1)教授(米国GAP社の創業に関わった起業家)曰く、創業期の資金調達は「3F」だそうだ。つまり、「Family,Friends&Fools」からの投資。銀行から借りることなどハナから頭にない。家族と友人はいいとして、リスクが高いにも拘らず投資してくれる「バカ」とは誰なのか?これは別名Angel(エンジェル投資家)と言われる個人投資家のことである。米国で創業期や設立初期での資金を提供しているのは彼らエンジェル投資家だ。コトラーによれば(*2)、組織的に投資をしているVCが1件あたり最低1億円以上のロットでないと投資しないのに対し、数百万円?数千万円の投資を行う彼らの資金量はVC全体の30-40倍もあるという。

日本国内のVC年間投資額はかっての年間2000億円規模から、昨年は425億円(*3)にまで落ちており 、エンジェル投資の拡大はなおさら望まれるところだ。制度設立当初、「使いにくい」と評判の悪かったエンジェル税制は平成20年の改正以降「出資額をほぼそのままその年の総所得金額から控除できる」など大変使いやすくなっている。しかし、おり悪く、新興株式市場の低迷や上場ベンチャー企業のスキャンダルなどの影響か、最近の利用投資額は年間10億円以下と低迷している。

ハイリスクの創業期に起業家と同じ立場で投資するには、それだけ事業に対する理解が求められる。それでも、自ら事業に携わるのと比べれば格段に楽で、米ボストンで有名なエンジェル投資家に言わせれば、「自分で会社を経営する楽しみの75%を5%のストレスで味わえる」ということだ。(*4)

日本でもエンジェル投資家がどんどん増えて欲しい。


*1 John W. Mullins 日本語版著書に『ビジネスロードテスト』2007英治出版
*2 フィリップ・コトラー『コトラーの資金調達マーケティング』2005PHP
*3 日本経済新聞調査
*4 Will Harman “Here's What I'm Thinking When I Make An Angel Investment”

※「THE INDEPENDENTS」2011年8月号 - p10より