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「ロンドン証券取引所AIMの状況」

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香川大学大学院地域マネジメント研究科
准教授 高木 知巳 氏

1963年香川県三豊市生まれ。82年丸亀高校卒業。86年早稲田大学政治経済学部卒業。86年日本合同ファイナンス(現ジャフコ)入社。91年MBA, London Business School。2007年アイビス・キャピタル・パートナーズを経て、11年6月よりインディペンデンツのパートナーとなる。2012年4月より現職。

「世界で最も成功した新興市場」と言われるロンドン証券取引所のAIM(Alternative Investment Market)調査のため5月にロンドンを訪問した。AIMの成功にはロンドン市場に存在する「投資文化」や投資家と専門家の織り成す「生態系」が背景にあり、これを他国でそのまま真似ようとしても難しい。2009年6月に開設したTokyo AIM取引所には未だ上場企業が無い。しかし、AIMをヒントに日本の新興市場活性策を考えることは有意義であり、今後の課題としたい。

1.ロンドン証券取引所AIM概要

―世界で最も成功した新興市場
ロンドン証券取引所(LSE)のAlternative Investment Market(通称AIM)は「世界で最も成功した新興市場」と言われる。AIMは1995年に設立され、その後世界のあちらこちらの証券取引所で似たような成長企業向けの市場が造られたが、今も1000社以上の上場企業が存在するのはAIMだけである。

―1180社の上場企業
1995年の誕生以来、AIMでは3100社に上る企業が67Bポンド(約10兆円)の資金調達を行っている。現在の上場企業数は約1180社で、2007年のピーク1700社からはかなり減っている。年間に約150社がAIMから本則市場に移行し、逆に300社が本則市場からAIMに「格下げ」されている。

―ハイテク企業を増やす
立ち上げ時には.comブームで助けられ、その後は資源株ブームで拡大したAIMであるが、新興市場として中心に据えたいのがハイテク企業である。
現在は約250銘柄が上場されているが、この割合をもっと増やしていきたい、という話だった。

2.AIMを取り巻く生態系”Eco System”

―規制と自由の微妙なバランス
SOX法に類する規制の適用を受けておらず、これへの整備対応に関るコストが掛からない。
年間の上場維持費用として、10-30万ポンド(15-45百万円)と言われる。内訳としては、Nomad5万ポンド(750万円)、PR/IR3万ポンド(450万円)、社外取締役3名9万ポンド(1350万円)、その他に監査費用、弁護士事務所費用など、となる。
増資についても、年次株主総会で総額の枠を取っておけば、後は取締役会決議のみで実施できるなど、諸手続きが本則市場に比べて簡便である。

―関係者ネットワーク
AIM上場に関する専門家集団には、1.Broker 2.機関投資家 3.Nomad 4.会計事務所 5.弁護士事務所 6.PR/IR会社、がある。長年にわたり欧州の金融の中心であるシティには数多くの専門家集団が存在し、選択肢が豊富である。

―Nomad
他の市場への上場と決定的に違うのが、Nominated Advisor(通称Nomad)と言われるアドバイザーの存在で、NomadはLSEから委託された立場で上場希望会社の実質的な審査を行う。会社に対して、上場に向けての助言を与えながら、同時にAIMにふさわしい会社であるかどうかの審査も行うわけで、これには「利害相反」との指摘もされてきた。実際に、米国では法律上もこういった仕組みは難しいとされ、実現する見込みは無いようである。

―投資家の層の厚さ
AIM市場に限らず、ロンドン市場(シティ)には比較的自由な規制と、専門家ネットワークを求めて、世界中から投資資金が集まる。
中東の石油資金から、ロシアの新興財閥オーナーの資金、アフリカの独裁国の資金まで、(非合法で無ければ)世界中のありとあらゆる資金を集めているのがロンドンで、これらの多種多様な資金を扱う金融機関が大小あわせ多数存在する。
機関投資家によれば、「放っておいても、先方のトップが向こうから年に2回来てくれるのがロンドン」ということで、これに匹敵する国際金融市場はNYだけだろう。この点、一ローカル市場にしか過ぎなくなりつつある東京市場と対照的である。

―優遇税制による政府のサポート
AIMに投資する個人投資家には1.所得税の20%減額、2.キャピタルゲイン課税免除(所得税額により18%か28%)3.相続税減免(一部の社会性の高いAIM銘柄)の優遇税制が取られており、AIMへの投資促進のインセンティブとなっている。
中でも大きな役割を果たしているのが、Venture Capital Trust(VCT)と言われる、ベンチャーキャピタル(VC)投資を行う会社型投資信託である。AIM市場の誕生と同時に法整備がなされ、VCT自体AIMに上場している。現在約120社のVCTが存在し、大半は通常のVC同様未公開企業に投資するものの、25社くらいはAIM上場企業を中心に投資している。VCT経由の投資でも、個人投資家は優遇税制の適用を受けることが出来る。
VCTは総額で20億ポンド(3000億円)の資金量があり、AIMに投資されているのはそのうち3億ポンド(500億円)程度である。1995年の優遇制度誕生以来、VCTの資金調達累計額は36億ポンド(5000億円)で、AIMには8億ポンド(1200億円)が投資された。
2005年まではAIMを中心に投資するVCTの資金調達は順調であったが、2006年に優遇税制対象となる投資先が「総資産7百万ポンド(約10億円)まで」にそれまでの15百万ポンドから減額され、ついで2007年に同じく対象投資先の「従業員が50人まで」と制限されたため、AIM VCTの資金調達が激減した。
LSEではAIM市場が英国経済にもたらす恩恵を強調し、政府に対するロビーイング活動を日常的に行っている。この成果により、今年VCTの投資対象が以前より大きな会社にまで広がった。

3.現状の課題

―低流動性
世界最大にして、「最も成功している」と言われるAIMでも、上場1180銘柄のうち日常的に売買が行われているのは1/3程の銘柄であり、多くの銘柄はたまにしか取引が行われていない。
流動性が低下すると、その銘柄に投資することのリスクがさらに増加するので、ますます売買がされない、という悪循環に陥る。
 
―少数株主保護が不十分との指摘
オーナー経営者が過半数の持ち株シェアを維持したまま上場が出来るのが、オーナー経営者にとってAIM上場の魅力の一つとなっている。つまり、経営権を維持しながら、一部持ち株の現金化を図ることができる。
これは、少数株主の立場から見れば、オーナー経営者が自らの利害で、少数株主の利益をないがしろにして意思決定するリスクをはらむ。
実際、株価が低迷している企業が、株式公開買い付け(TOB)により会社を非上場化した後、短期間により高値で会社を売却するケースが発生している。

4.インタビューを終えて

イギリスは欧州の島国として、長年に渡り欧州大陸から多くの才能やハミ出し者を受け入れてきた。シティが成立した背景にも、欧州の動乱を避けたい資金が集まったことが一因にあり、この流れは現在でも続いている。
今回のインタビューで印象的だったのは関係者が異口同音に、「現在のAIMの仕組みはほぼ適正。どんな仕組みにしても証券スキャンダルは起こる。大切なのは過剰反応してせっかく機能している仕組みを変えてしまわないことだ。」と語っていたことである。

*インタビュー先
Mr Marcus Stuttard氏(LSEのAIM責任者)
Mr Philip Secrett氏(有力Nomadの一つであるGrant ThorntonのAIM責任者)
Mr Kamran Baig氏(AIMに投資する機関投資家であるT. Rowe Price VP)
Ms Maggie Carver氏(AIMに昨年まで上場していたRDF Mediaの社外役員)
Mr David Blackwell氏(AIMをその誕生以来追い続けているFinancial Times紙の小型株記者)

※「THE INDEPENDENTS」2011年7月号より