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「「VCは金融(業)ではない」」

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國學院大学
教授 秦 信行 氏

野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)

当誌“The Independents”の2011年4月号にアント・キャピタル・パートナーズ代表取締役会長兼社長の尾崎一法氏の特別インタビュー記事が掲載されている。バイアウト投資やVC投資、すなわちプライベート・エクイティ(PE)投資の現下の世界的動向や日本の現状について尾崎氏が語っておられる内容に全面的に賛同するわけではないが、「VC投資・支援には事業経営者的感覚が必要だ」と述べられ、「VCは金融ではない」とされている点はその通りだと思う。

>【特別インタビュー】日本で成功する投資モデル(尾崎一法氏)はこちら

筆者もこのコラムの14回目に「ベンチャーキャピタリストの要件」と題して、VC投資事業の本質は、「革新的な事業を企業家と一緒になって世の中に定着させていくことにあるのであって、それは決して金融業ではない」と書かせていただいた。従って、そこで必要とされる人材は、「金融的なスキル以上に事業経営や技術戦略に関する知識とスキルを有した人材」なのだと。

尾崎氏は上記に続いて、「これからはベンチャー投資といえどもバイアウト投資的手法を取り入れていくべき時代だ」と指摘されている。ここで氏の言う「バイアウト投資的手法」とは、同じ記事に書かれている「案件が出てくるのを待つスタンスではだめ」で、「新たな事業機会の創造を提案し、実行」することを指すと思われる。

確かに、これからのVC投資においては、全ての投資案件についての実行は無理だとしても、少なくともコアになる案件については、自らが事業のプロデュ?スを行っていく必要性があるのではなかろうか。そうなるとますますベンチャーキャピタリストにおいては、事業経営者的能力、事業経営に関する知識やスキルが重要になってくる。

問題は、こうした人材をVC業界が如何にして確保するかにある。新卒で働いた経験のない人材を研修によって事業者的能力を身に付けさせるのは至難の業といえる。例え可能だとしても時間が相当かかってしまうだろう。尾崎氏は記事の中で、アントには「MBAを持ち、かつ事業経験もある若くて優秀な人が増えてきた」と書かれているが、そうしたMBAホルダーで事業経験のある人はすべて中途採用者だといってよかろう。VCの人材確保にあたっては、中途採用者を増やすことをまず考えるべきである。

確かに、ベンチャーキャピタリストの仕事は自己裁量がかなり認められ、かつやりがいのある仕事だとは思うが、VC業界が優秀な中途採用者を確保するためには、経済的処遇を改善し採用条件を良くしなければならない。特に、経済的処遇面で成功報酬的な要素を個人に大きく付与するような給与制度を整備する必要があろう。

現状、日本の大半のVC会社は株式会社組織になっているが、給与制度の問題はそうした組織形態の問題とも関係する。日本の大手VCの多くが証券・金融系のグループ会社であることからすると、株式会社以外の組織にすることは難しいかもしれないが、一度検討してみる価値のある問題といっていいように思う。

※「THE INDEPENDENTS」2011年7月号より