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「ベンチャー企業のための知財戦略入門(2) 」

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弁護士法人 内田・鮫島法律事務所
代表弁護士 鮫島 正洋 氏

1963年兵庫県神戸市生まれ。81年神奈川県立横浜翠嵐高校卒業。85年東京工業大学金属工学科卒業。同年藤倉電線株式会社(現・株式会社フジクラ)入社。91年弁理士試験合格。92年日本アイ・ビー・エム株式会社入社。96年司法試験合格。97年同社退職。司法研修所 入所。99年弁護士登録(51期) 大場・尾崎法律事務所 入所。2000年松尾綜合法律事務所(現・弁護士法人松尾綜合法律事務所)入所。 04年内田・鮫島法律事務所開設。
地域中小企業知的財産戦略プロジェクト(特許庁)統括委員長。

【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】 http://www.uslf.jp/

 日本には優良な技術を持った多くの中小企業・ベンチャー企業が存在します。
しかしながら、そのほとんどは技術力を資金調達に生かし切れていないように思います。原因は、いくら技術力をアピールしても、銀行の融資担当者にはよく理解されない、ということのようです。それならば、技術に対して特許権等の知財を保有しているという理由で、融資担当者を説得できないでしょうか。

1.知財と銀行融資との関係
 銀行の融資担当者が融資に応じるかどうかを決定する際の最も重要なファクターは、キャッシュフローの実現性と安定性です。いくら、バラ色の事業計画書を見せられても、その事業計画に矛盾や飛躍はなく実現可能であること、少なくとも返済期間中は継続して事業計画にかかるキャッシュフローが達成されることの裏付けがないと、融資に踏み切るための社内説得が難しいというのが現状のようです。
 事業計画の実現性・安定性を「知財」によって担保することができます。なぜならば、技術を具現化した製品について特許を取得すれば、競合他社に対する参入障壁となり、他社参入によるシェア低下が起きにくくなるからです。

2.知財による参入障壁形成の原理
例えば、炊飯器という商品にいろいろな機能が競合しているとしましょう。

A社:基本機能のみ、安い(独身向け)
B社:保温しておいても劣化しない機能(上流向け)
C社:早く炊ける機能(共働き家庭向け)

B社の開発担当者のX氏は、これからは「保温劣化防止機能」がウケると見定め、これを具備した新しい炊飯器Zの開発に力を入れることにしました。X氏は、開発のみならず、特許化にも力を入れ、図に示すように、「保温劣化防止機能」について、いくつかの特許を取得しました(図中△で示します)。
 さて、Zが上市されると、X氏のもくろみどおり、「保温劣化防止機能」はDinksの夫婦を中心に大変人気が出て、その年のヒット商品にランクインされました。先を越された同業のA社、C社も「保温劣化防止機能」を実装した炊飯器の開発に力を入れますが、B社の特許によって阻まれ、結局、製品化を諦めました。以上が、知財によって参入障壁を形成する際の典型的な原理です。

これは、開発の成果をきちんと知財化すれば、シェアの上昇、低下防止を実現できることを意味します。
 このことは、すなわち、キャッシュフローの実現性・安定性につながる重要な原理であると言えます。

3.融資の際の事業計画書への応用
 この原理を融資の際に提出する事業計画書に応用すればいいのです。
これは、独自に考案したことではなく、当職が座長を行っている横浜市の知財戦略委員会において実際に行ったことです。
 横浜市では、有識者を集めた委員会を組成し、市内のものづくり中小企業3社について上記の原理を組み込んだ事業計画書を作成しました。また、事業計画書の作成過程で、金融機関の審査担当者にもレビューをいただき、事業計画書が金融実務と遊離していないことを確認しました。このようにして作成された事業計画書により融資を申請したところ、3社とも、実際に融資について前向きの判断を得ることができました。
 知財戦略をアピールする事業計画書を起案するにあたり、知財戦略が企業の経営・事業に対する知財戦略の位置づけを把握し、知財を保有していることや知財活動をしていることが、事業計画の実現性・安定性に果たす役割を記載することが重要です。

4.シナリオ例
(例1)A社の主力事業である管内検査用カメラは、大企業2社と競合する市場である。しかし、それらの大企業が及ばないマーケッティング力と開発力を武器にし、これを知財権で守るという方策が効を奏し、10年来、市場において大企業と共存し良好な関係を保ってきた。A社は、知財活動が停滞しない限り、当該市場において一定のシェアを維持できる見通しであり、安定的なキャッシュフローが見込まれる。

(例2)B社の主力事業である汚泥脱水機は、一軸方式(既存事業)、二軸方式(将来事業)に分類される。B社の一軸方式の脱水機は基本特許に守られており、特許満了(数年後)までは、独占に近い状態を維持できる。その間、これまでに得たノウハウを大型装置に転用して市場シェアの獲得を図るとともに、新規市場である。二軸方式について開発と知財戦略を連携し、トップシェアを狙う。このように、既存事業である一軸方式でキャッシュフローを維持しつつ、二軸方式事業に移行して一層の成長を図るという事業計画は知財戦略によって裏付けられた、実現性の高いものである。

【ベンチャー企業のための知財戦略入門】特許法30条の改正―売れ行きを見てから特許出願が可能に!(鮫島正洋)

※「THE INDEPENDENTS」2011年4月号 - p20-21より