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「耐震偽装事件とIPO」

公開


元野村證券株式会社
公開引受部 出原 敏 氏

野村證券で長い間IPO業務に係わる。2008年定年退職し、現在は非常勤監査役及びIPOコンサルティング等の業務に従事。

10月12日に旧ジャスダック市場とヘラクレス市場が合併し、新ジャスダック市場が発足しました。新市場は上場企業数1,005社、時価総額8兆8,000億円で、アジアで最大規模の新興市場となりました。新興市場のメッカとして今後の発展を期待するところです。しかし、肝心の株式市場は冴えません。特に新興市場では企業不祥事が相次ぎ、投資家の信頼を失ってしまいましたので、在来市場に比しても回復に後れを取る始末で、寂しい限りです。新規公開会社の株価も公開価格割れが相次ぎ、IPO人気は一向に上がりません。この記念すべき日に上場したトランザクション社は公開価格1,400円に対し、寄付きが1,295円、終値は1,013円となり、残念ながら厳しい門出となりました。新興市場への信頼回復には今少し時間がかかるように思います。先輩企業の不行状が後輩企業の迷惑となる構図となっています。

さて、2005年10月、突然にマンション建築の耐震偽装事件(構造計算書偽造事件)が発覚しました。これは姉歯一級建築士がディベロッパーのコスト軽減要求に応じて、意図的に構造計算書を偽造したものです。同氏の係わった物件を扱ったディベロッパー、民間の建築確認検査機関、自治体の確認検査業務などを巻き込んだ一大偽装事件に発展しました。他でも同様な偽装事件が発覚するところとなり、確認検査業務が急に念入りに行われるようになりました。そのため、検査に順番待ちが出る状態となり、検査終了に半年から一年位の遅れが出るようになってしまいました。

当時は景気も回復期で、不動産関連企業の業績は上昇基調に入っていました。しかし、検査の遅延が次第に企業業績やIPOに悪い影響を及ぼし始めます。予定した物件の検査待ち状態が続き、販売に大幅な遅れを来すことによって、業績の見通しが立たなくなったのです。上場申請済みの会社では、これに加えて過去現在の物件の再確認を求められることもあり、上場審査は棚上げ状態となりました。申請予定会社も確認済み物件の再確認を求められ、また検査待ち物件の販売見通しが立たなくなったため、結果的にIPO基準決算期を延期せざるを得なくなってしまいました。

しかも、2007年後半頃からは、当初検査業務の遅れから官製不況と言われたマンション不況が、本格的な販売不振に陥り始めました。このため、企業によってはIPOを諦めるか、あるいは業績確認のためにIPOのタイミングを可能な限り遅らせざるを得なくなってきました。遅れながらも辛うじてIPOできた会社でも公開価格は低くなってしまい、さらに公開価格割れも相次ぎました。その後は業績も急悪化、投資家に大きな迷惑をかけることとなり、不動産関連企業のIPOは完全に崩壊してしまいました。

そんな中で、耐震偽装事件が影響したかどうかは定かでありませんが、2008年2月27日に東証に上場したモリモト社が上場後9カ月目の11月28日に民事再生法を申請し倒産してしまいました。今年のエフオーアイ社までは、新規上場から上場廃止までの最短記録でした。

耐震偽装事件は、思わぬことから不動産関連業界のIPOのタイミングを狂わせ、またIPO後まで大きな後遺症を残した大変迷惑な事件でした。

【IPOアラカルト第13回】企業事件とIPO審査ーその3(出原敏)

※「THE INDEPENDENTS」2010年11月号 - p17より