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「企業事件とIPO審査ーその3」

公開


元野村證券株式会社
公開引受部 出原 敏 氏

野村證券で長い間IPO業務に係わる。2008年定年退職し、現在は非常勤監査役及びIPOコンサルティング等の業務に従事。

9月10日に日本振興銀行が経営破綻しました。初のペイオフの適用となりましたが、思いのほか冷静に受け取られたように思います。同社は、担保至上主義の旧来型の銀行が大量の不良資産を抱え整理統合される中、貸し剥がし・貸し渋りに困っていた中小企業・ベンチャー企業に新たな資金調達手段を提供するべく、2004年4月に開業されました。しかしその経営理念とは裏腹に、設立後間もなく金融環境の変化からビジネスモデルの変更を余儀なくされました。上場を目標としていた同社は収益確保のため、安きに走ってしまったということでしょうか。志は高かったものの、木村氏の特異な行動も含め、結果には多くの批判が寄せられてしかるべきでしょう。しかし、悲しむべきはこれを契機に明日の日本を背負うべきベンチャー企業、起業家の資金調達・育成について、根本的な議論が何らなされなかったことではないでしょうか。これで、村上ファンドの村上氏、ライブドアの堀江氏に続き、日本振興銀行の木村氏も法を犯すこととなり、平成の風雲児がまた一人表舞台から退場しました。

さて、金融ビッグバンにより、規制は大幅に緩和され、特に新規参入者には好都合となりました。産業の新興が期待される中、米国で証券市場を震撼させる事件が起きました。2001年12月のエンロン社、2002年7月のワールドコム社の粉飾による倒産事件です。いずれも大手監査法人のアーサー・アンダーセンが監査を行っており、同社は両社の粉飾決算を手助けしたとして信頼を失い、一気に解散まで追い込まれました。米国では決算書への信頼を回復すべく、直ぐさま議案提出者の名前を冠するサーベンス・オクスレー法(SOX法)の成立に向けて動き始め、2002年7月に成立しました。この事件は日本へも大きな影響を与えました。まず、アーサー・アンダーセンと提携していた朝日監査法人は海外監査に支障をきたすことになり、提携相手を求めて監査法人の再編が始まります。さらに、日本でも監査の実効性が危惧される中、カネボウ、ライブドア、日興コーディアル証券等の粉飾事件のほか、西部鉄道有価証券報告書虚偽記載事件など大企業でも数々の企業事件が相次ぎ、また神戸製鋼及び大和銀行の株主代表訴訟判決では内部統制システムの構築を指摘されることとなりました。企業の不正・過ちを事前に防止する仕組みが必要との指摘がされ始め、まず2006年5月に改正会社法が施行され、続いて同年6月に金融商品取引法が改正されて、いずれも内部統制制度(J?SOX法)を導入しました。会社法が大会社に対し広くコンプライアンスの構築・実行、ガバナンスの強化を求めている一方で、金融商品取引法は監査の実効性をあげるため、上場企業に対し財務報告の適正性の確保を図ることに主眼が置かれています。金融商品取引法は2008年4月から始まる事業年度の会社から適用されました。

金融商品取引法では財務報告の信頼性を目的として、内部統制システムの構築・運用状況について経営者自ら内部統制の有効性を評価した内部統制報告書を作成し、公認会計士の内部統制監査証明を受ける必要があります。

IPOでは従来から内部統制について実質的審査が行われていたため、内部統制制度の導入によって審査がとりわけ厳しくなったわけではありません。ただ、IPO後に内部統制報告書の提出が必要とされていますので、その準備状況の確認のため、監査費用の負担増とともにIPO準備作業の実質的な負担増となってしまいました。

※「THE INDEPENDENTS」2010年10月号 - p15より