アイキャッチ

「IPOと有価証券届出書の虚偽記載」

公開


元野村證券株式会社
公開引受部 出原 敏 氏

野村證券で長い間IPO業務に係わる。2008年定年退職し、現在は非常勤監査役及びIPOコンサルティング等の業務に従事。

5月12日、昨年11月にマザーズに上場したばかりのエフオーアイがわずか半年後に、上場時の有価証券届出書の虚偽記載容疑で証券取引等監視委員会の強制調査を受けました。4月1日の第一生命の上場がまずまずの成功裏に終わり、長い間沈滞ムードだったIPO市場にやっと復活の兆しが感じられる矢先でのことで残念でなりません。IPO市場不振の理由の一つに新興企業の粉飾問題があったこともあり、今回のことが今後のIPO市場に悪影響を与えることは必至と思われます。また、今回の事件で早くも審査の一層の厳格化が叫ばれており、上場促進のための上場審査の緩和はとても望めそうにありません。

エフオーアイは平成6年に設立された半導体製造装置のメーカーです。販売先は台湾、中国を中心とした東アジアで、国内販売は皆無に近い状況です。売掛金の回収に2年程度かかるとし、売上高の増大に比例して異常に売掛金が増大しており、総資産に占める売掛金の比率は78.4%に達しています。IPO直前の株主はベンチャーキャピタルの比率が78.3%とかなり高く、しかも株主数が326名に達しています。また、監査人は最近では珍しい個人の共同会計事務所です。

事件内容の解明は今後の捜査の進展によりますが、上場時の70億円余り(内売出し分9億円余)を含め、約1年で100億円余りを調達しており、虚偽記載が事実であればかなり悪質と言わねばなりません。

株式市場は企業と投資家の信頼関係の上に成り立っており、その信頼関係を繋いでいるのは有価証券報告書などの開示資料です。特に有価証券届出書に虚偽記載があれば資金調達が絡むだけに公然とした詐欺にほかなりません。株式市場への不信感につながり、再びIPO市場からの投資家離れが進みかねない深刻な問題です。

残念ながら、虚偽記載で証券取引監視委員会に摘発された企業は決して少なくありません。著名なところでは西武鉄道、カネボウ、三洋電機、ライブドア、カトキチ等がありますが、新興企業も数多く摘発さています。最近では機械装置メーカーのプロデュースが、2005年12月にジャスダックに上場した後、2007年12月に公募増資を行い、翌2008年9月18日に証券取引等監視委員会の強制捜査を受けた直後の26日に、突然民事再生法の適用を受けて倒産してしまった例があります。循環取引による架空売上計上の粉飾決算でした。

金融商品取引法では、有価証券届出書の虚偽記載については、発行会社は取得した投資家にその損害額について賠償しなければなりません。また、発行会社の役員、売出人、公認会計士、引受証券会社等も損害賠償責任を負わされる場合があります。罰則は個人が10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金(またはその両方)、法人が7億円以下の罰金、別途有価証券の募集額の1%の課徴金が課せられます。このほか粉飾決算には、会社法による特別背任罪、違法配当罪、違法配当額の賠償責任などがあります。

IPOをめざすベンチャー企業の経営者は、とにかく一時でも早くIPOという頸木から解き放たれたいという焦燥感にかられるのは分からないでもありません。しかし、困難に対しては、安易に流れず強い気持ちで立ち向ってほしいと思います。

※「THE INDEPENDENTS」2010年6月号 - p15より