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「「産業革新機構が巨額ベンチャー投資、<br> 風力発電や次世代フラッシュメモリー<br> 案件選びには疑問の声も」」

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経済産業省が音頭を取って官民で設立した投資ファンドである、産業革新機構(東京都千代田区、能見公一社長)が本格的に投資活動を始めた。上場企業からのスピンアウト案件やベンチャー、海外の社会インフラなど、幅広い分野に急ピッチで出資している。ただ、投資の内容が明らかになるにつれ、一部からは、不満や批判の声が上がり始めた。いわく「オープン・イノベーションを実現し、日本産業の活力を取り戻すという設立理念の実現からはやや外れているのではないか」「肥大化で民間のベンチャーキャピタルの事業活動を圧迫するのではないか」。

ゴールデンウイーク明けの5月上旬、産業革新機構は土日を挟んで相次いで、ベンチャー企業への出資を発表した。6日に発表したベンチャー投資第1号案件は、小型風力発電機のゼファー(東京都渋谷区、伊藤瞭介社長)。普通株に10億円を投じて、出資比率30%超の筆頭株主になる。機構のメンバー2人を取締役に派遣する。調達資金は生産能力の増強や海外での流通網整備などに充てるという。機構は「この10億円の投資が呼び水になって、海外のベンチャーキャピタルからの資金が流入することも期待している」と説明している。

環境への意識が高い家庭向けや、携帯電話基地局などでの利用を促進する。風力発電については国内外で補助金が適用の動きがあり、2014年の売上高を現在の5倍の水準である33億円程度に伸ばし、株式上場する計画。

10日に発表したのは、次世代フラッシュメモリー技術の事業化を目指すGENUSION(ジェニュージョン、兵庫県尼崎市、中島盛義社長)。当初、16億円を投じ、製品開発の目標がクリアされれば、さらに10億円を追加出資するマイルストーン契約も結んでいる。ベンチャー投資の金額としては日本では異例の規模だ。3割強の出資比率で、ゼファーと同じく、筆頭株主であり、取締役も派遣する。なぜか機構のホームページの発表資料には書かれていないが、発表当日の記者向け説明では「5年後には750億円の売上高を達成する」としたうえで、「そのころまでには上場するでしょう」(機構関係者)とかなり楽観的な見通しを掲げている。2つの案件に共通するのは、過去の株価より低い価格で新株を発行するダウンラウンドだと推察されることだ。機構は「ノーコメント」としている。GENUSIONは前回の第三者割当増資で5億円を調達した後の企業価値が80億円と言われていた。しかるに、今回のファイナンス後は45億?50億円程度と推定される。実に、6割程度に落ち込んだ計算だ。ゼファーも同様の状況のようだ。機構は「ノーコメント」としている。

もちろん、投資家として経済合理性から考えれば、当然のことではある。外部環境も厳しい。民間VCを通じた資金流入が細っており、多額の資金を投じてくれるのはありがたい。「民間のVCは出せないとのことでしたから」(機構関係者)。しかし、官の後ろ盾があるにも関わらず、「足元をみる」ような投資スタンスを踏まえ、ベンチャーやベンチャーキャピタル業界の一部には、産業革新機構を既存の株主の持ち分を希釈化させて、買いたたくような「ウォッシュアウト」と評する声さえ出始めた。結果として、経営者の意向にかかわらず、IPO以外の第3者への売却など多様なEXIT戦略の実現性も高まる。リスクをあまり取らないようにも見える。「次の資金調達の見通しが立ちづらかったベンチャーやベンチャーキャピタルにとって、確かに救いの神という側面はあるものの・・・」とのぼやきが聞こえてくる。

そもそも両社には多くのベンチャーキャピタルが投資しており、眠っていた知財を機構が新たに掘り起こした訳ではない。経済産業省のある関係者は「産官学に散在している日本の知財を糾合して新しい産業を起こすという理念からみれば、『お粗末』ですよね。単にお金があるから投資できるというのでは、民間にできない投資をするという旗印に見劣りする」と批判する。

もちろん、掲げた理念をむやみに追いかけることが適切な訳ではない。ただ、産業革新機構には、日本の失われた20年を取り返すくらいの気概と実践、挑戦が求められていたはずだ。おりから、ギリシャの次に財政破綻するのは日本ではないかという懸念が広がりつつある。経済産業省から機構に出向しているある幹部は「毎月2、3社は投資しろと言ってある」と鼻息は荒い。数だけでなく、日本の成長性を世界に証明するようなメッセージ性にあふれた投資案件が含まれていることを期待したい。

※「THE INDEPENDENTS」2010年6月号より