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「「事業・産業実験の国 日本へ」」

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國學院大学
教授 秦 信行 氏

野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)

最近出版された本に『イノベーションを興す』という本がある。著者は一橋大学を定年退職され東京理科大学に移られた伊丹敬之氏、「イノベーション」創造のメカニズムを明らかにしている。伊丹氏は日本の経営学の泰斗だが、理科大学では、イノベーション経営、技術経営をライフワークにされるという。本書はその最初の取り組みとして、氏なりの「イノベーション」の捉え方、「イノベーション」の枠組みを描かれたものである。

長期に亘って停滞を続けている現在の日本経済にとって、「イノベーション」の創造がその停滞を打ち破る大きな打開策の一つであることは間違いない。その意味でも本書は、時宜に適った著作といえよう。

本書は、「イノベーション」のプロセス、すなわち、第1の新技術開発のプロセス、第2のその新技術を利用した新製品や新事業の開発のプロセス、そして第3の新製品や新事業の拡大で社会を変えていく、社会を動かしていくプロセス、この3つのプロセスを3部に分けた上で、そのパーツ毎にそのプロセス遂行のための具体的な施策が述べられている。

そして最後の第4部では、「イノベーション発生メカニズム」として残された幾つかの問題に触れている。その中で気になるのが、「アメリカ型イノベーションの幻想」と題された章である。

伊丹氏はイノベーションのあり方は社会のありように影響され、国ごとに相違があっても不思議はないという。確かにその通りであろう。しかし、アメリカは産業の実験の国、日本は産業の育成の国、とされ、基本的にはそうしたあり方が両国にとって、特に日本にとって今後も相応しいとする書き振りに対しては若干違和感を覚える。

確かに今までは、アメリカは新しいビジネスの実験を行うのに適した場所でそこから大きな技術革新が起き、初期の事業化を実現してきた。対して日本は、初期の実験段階が終わり大きな産業に育てていくプロセスにおいて組織力で力を発揮した。つまり、これまでは事業を生むのが得意なアメリカ、育てるのが得意な日本という色分けが明確にあったことは事実である。しかし、今後も日本のイノベーションのあり方がこれまでのままで良いとは思えない。これからは日本もこれまでのスタンスを変えて、市場での実験の試みが増加するような仕組みを作っていく必要が大いにあるのではないか。

伊丹氏が指摘するように、日本で事業の実験を増やしていくためには「日本という壁」(伊丹氏はそれを日本語の壁と軍事の壁とされる)があることは確かであろう。しかし、それを突破できないわけではなかろう。同じく伊丹氏が提言されているように、日本語の壁を突破するために画像やデザインの分野、軍事の壁を突破するために環境技術やエネルギー技術の分野など、日本が得意とする分野での事業の実験を、組織ではなく数多い個人が主導する形で行っていける仕組み作りが期待される。

※「THE INDEPENDENTS」2010年5月号 - p17より