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「「ベンチャー経営と大企業経営」」

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國學院大学
教授 秦 信行 氏

野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)

シスコシステムズというネットワーク機器のルーターで世界シェアトップの企業がある。1984年にシリコンバレーで創業しその後急成長、1990年にIPOし2000年当時時価総額が世界第1位になったこともある。今や規模的には大企業といってよい。

この会社のトップは1984年創業後3人交代した。創業者はレオン・ボサックなどスタンフォード大学のコンピュータ・サイエンスの学生達だったが、1987年有力なVC・セコイアから資金を調達したその1年後の1988年、ジョン・モーグリッジに経営を譲り当社を去る。

当社はその後モーグリッジの下で成長を続け1990年にIPO、そして1995年現在のCEOであるジョン・チェンバースに経営はバトンタッチされる。

ある人の言によると、このシスコのトップ交代は、企業規模によって必要とされる経営者の資質・能力に対応してトップの交代を行った典型例であるという。つまり、最初の小規模の時代はボサック他の経営陣が最適で、数百人規模になるとモーグリッジが、さらに数千人規模になるとチェンバースという才能が必要とされたというわけである。私は経営の専門家でないので、このシスコのトップ交代が適切なものだったかどうかは分からないが、ベンチャーの経営をいくつか見ている中で、ベンチャーというまだ混沌とした段階の企業には、大企業とは異なった経営が必要であることは理解できる。

大企業では既に経営管理のための制度も社内に出来上がっており、それに沿って経営を進めていけば組織は自然と動いていく。経営トップは、新しい事態に対応して決断を迫られるが、日常的な業務は出来上がったシステムの下で流れていく。ところがベンチャーだとそうは行かない。直面する全てが新しい事態なのであって、その都度解決を求められる。そうした解決を積み重ねながら、持続的、継続的に組織が動くための仕組みや制度をいちいち構築していかなければならない。

大企業の経営者として実績を残した人が、その実績を買われてベンチャーの毛栄医者に迎えられはしたが、「原価計算制度もない中では経営はできない」と言って放り出した。という話を聞いたことがある。つまり大企業とベンチャーの経営とでは質が異なるのだ。いくら大企業で名経営者と言われた人でも、ベンチャー経営に長けているとは限らない。

英語で「経営」と言った場合、administrationとmanagementという2つの単語を思い浮かべる。大企業の経営はadministrationが当てはまり、ベンチャーの経営においてはmanagementが当てはまるのではないか。英語で苦手の私の言うことだからあてにはならないが、大企業の経営においては「管理」がより重要となり、ベンチャーの場合は、人材の「動かし方」、ないしは「動機付け」がより重要になるように思う。

経営のレベル、難易度の問題ではない。ベンチャーにはベンチャーに相応しい経営のあり方が求められる。それが満たされないとベンチャーの成長は覚束ない。

※「THE INDEPENDENTS」2010年3月号 - p18より