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「イノベーションを核にした成長国家を目指して」

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國學院大学
教授 秦 信行 氏

野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)

新年を迎えた。

昨年は流行語大賞にもなった「政権交代」の年でもあった。しかし、政権奪取した民主党政権の下でも、彼らがこの日本をどういう方向に持って行こうと考えているのか、「国のかたち」をどうしたいのか、依然良く見えない。スタートしてまだ3ヶ月だからという言い訳でも出来ないではないが、方向性も芽も見えていないように思う。

翻ってみると、実はここ約20年、日本の方向性、「国のかたち」は不透明であった。それ以前、戦後から1990年までの時代は、欧米へのキャッチアップを目指し、目標が明確な時代だった。同時に、その方向性に合った体制が整備された。特に企業経営においては、企業組織としての集団的な力を存分に発揮して欧米勢に対抗すべく、和=協調性が重んじられ、家族主義的な経営、所謂日本的経営が生まれた。

欧米経済へのキャッチアップという方向性は見事な成果を生んだ。1980年までに世界第二位の経済大国となり、キャッチアップはほぼ現実のものとなった。その時期に次の方向性を検討する必要があったのだが、それが遅れた。あまつさえ、世界から"Japan as NO.1"と称賛され、日本自身もその気になり、1980年代後半には資産バブルを生んだ。

1990年代の「失われた10年」、1980年代後半の過剰投資の後始末に追われ、新しい方向性など考える余地はなかった。

そして21世紀。過剰投資に一応の片を付けた小泉政権の5年間は、規制緩和、市場原理重視による自由な競争社会の実現という形で、それなりの新しい方向性を打ち出そうとしたのではないか。ただ、「なんでもあり」に乗じて姑息なことを考える輩も数多く現れ、とりわけ競争が生み出す負の側面への配慮=セイフティネットの整備が不十分だったことへの反発は強くその方向性は急速に萎んでしまった。

そして「政権交代」。日本は新しい「国のかたち」に向けた議論を改めてもう一度盛り上げる必要があろう。民主党政権は考えているのかも知れないが、個人的には、その方向性は「イノベーションを核にした新しい成長国家の建設」「成長を目標とした活気溢れる国の再建設」であるべきだと考えている。

加えて、ポスト産業資本主義時代の日本が今後も成長を続けていく上においては、キャッチアップ時代の成長の原動力であった組織力やスケールメリットに代わって、革新的な製品やサービス、事業や産業の開発と創造、すなわりイノベーションこそが最も重要な要素となってくると思われる。そのためには、ベンチャーが数多く輩出され、それらのベンチャーが革新的な技術やサービスを担って、新しい事業開発にトライする体制を確立・拡大させなければならない。同時に、労働市場の流動化を一段と促進し、人々が多様なビジネス経験を重ねる事で様々な知識を獲得し、創造的な知恵を生み出せる状況を作り出す必要があろう。いずれにしても、ベンチャー・コミュニティの盛隆が今後の日本のあり方の一つの鍵を握っているといって間違いなかろう。

※「THE INDEPENDENTS」2010年2月号 - p3より