1 はじめに
今回のコラムでは、特許庁の審査の運用に基づいて(「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)、「AI関連技術に関する事例の追加について」(2024年3月13日・特許庁審査第一部調整課審査基準室))、教師データに複数種類のデータが含まれる場合について紹介します。以下の設例を紹介し、教師データに複数種類のデータが含まれる場合、どのような点に留意すれば、特許が取得可能か、について、考えていきます。
2 設例(以下の特許出願は、特許となるでしょうか。)(※1)
(1) 特許明細書等の出願書類
発明の名称:ネジ締付品質推定装置 特許請求の範囲【請求項1】 ニューラルネットワークを機械学習させる機械学習装置であって、 ドライバの回転速度、前記ドライバの角加速度、前記ドライバの位置および前記ドライバの傾き、前記ドライバにより締付けられた前記ネジの締付品質を関連づけてニューラルネットワークを機械学習させる機械学習部を具備する機械学習装置。 【請求項2】 ニューラルネットワークを機械学習させる機械学習装置であって、ドライバの回転速度、前記ドライバの角加速度、前記ドライバの位置および前記ドライバの傾きを入力データとし、前記ドライバにより締付けられた前記ネジの締付品質を出力データとして、両者を関連付けてニューラルネットワークを機械学習させる機械学習部を具備する機械学習装置。 発明の詳細な説明: 従来、ドライバを用いてネジを自動的に締め付ける自動ネジ締付作業により組み立てられた物品は、締め付けられたネジの品質があらかじめ決められた水準に適合しているのかどうかを確認するために、作業者による検品作業が行われていた。しかし、この検品作業は作業者に負担を発生させ、また当該作業が全体工程のボトルネックになってしまうという問題があった。 発明者は自動ネジ締付作業に利用されるドライバの挙動がネジの締付品質に関連することを発見した。そこで、本願発明の課題は、ドライバの挙動に基づいてネジの締付品質を推定することによって、検品作業の高速化を実現することである。 本願発明は、まず、自動ネジ締付作業で用いるドライバの回転速度、角加速度、位置及び傾きの組合せを測定して状態変数セットを取得する。次に、前記自動ネジ締付作業で組み立てられた物品に対する作業者による評価をネジの締付品質として取得する。その後、前記状態変数セットを入力データとし、前記状態変数セットで自動ネジ締付作業が行われた時のネジの締付品質を出力データとする教師データを用いて、ニューラルネットワークを機械学習させる。この学習済みのニューラルネットワークに、自動ネジ締付作業を行った時のドライバの回転速度、角加速度、位置及び傾きを入力することで、前記物品に対するネジの締付品質を推定する。そして、ネジの締付品質が一定の水準以下の物品に対しては、作業者による締付品質の再確認、または、廃棄処分を行うように仕分けする。 本発明の装置は、自動ネジ締付作業により組み立てられた物品に対する、ネジの締付品質を推定するためのニューラルネットワークを機械学習させる。これまでは自動ネジ締付作業後に作業者による検品作業を必要として負担となっていたが、前記機械学習させたニューラルネットワークによって、ネジの締付品質が推定可能となり、当該検品作業を高速化することができる。 |
(2) 前提
発明の詳細な説明には、「ドライバの回転速度」、「ドライバの角加速度」、「ドライバの位置」および「ドライバの傾き」と、「ネジの締付品質」との間の具体的な相関関係等については記載されていないが、出願時の技術常識に鑑みてこれらの間に相関関係等が存在することが推認できる。 |
(3) 特許出願の帰趨 (※2)
上記内容を出願した場合、請求項1は、サポート要件[1](特許法36条1項1号)に違反し特許されず、請求項2は、サポート要件を具備し、特許されます。
なぜならば、発明の詳細な説明には、「ドライバの回転速度、角加速度、位置、傾き」を入力データとし、前記入力データで自動ネジ締付作業が行われた時の「ネジの締付品質」を出力データとする教師データを用いて、ニューラルネットワークを機械学習させることのみが記載されているところ、請求項1の記載では、各要素の入出力関係が、規定されておらず、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるからです。
なぜならば、発明の詳細な説明には、「ドライバの回転速度、角加速度、位置、傾き」を入力データとし、前記入力データで自動ネジ締付作業が行われた時の「ネジの締付品質」を出力データとする教師データを用いて、ニューラルネットワークを機械学習させることのみが記載されているところ、請求項1の記載では、各要素の入出力関係が、規定されておらず、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるからです。
3 本事例から学ぶ留意点
AI関連発明の中でも、教師データに複数種類のデータが含まれるケースが多いです。このような場合、各データの関係を特定することが重要です。 本件でいうと、「ドライバの回転速度、角加速度、位置、傾き」を入力データとし、前記入力データで自動ネジ締付作業が行われた時の「ネジの締付品質」を出力データとする、入出力関係を請求項に規定することがポイントでした。
AIの教師データの学習に特徴的な入出力関係がある場合には、出願時の技術水準によっては、特許になりえますので、本件は出願実務の参考になるでしょう。
<注釈>
(※1) 本文中枠内は、「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)33~34頁から引用、図表は「AI関連技術に関する事例の追加について」(2024年3月13日・特許庁審査第一部調整課審査)36頁から引用。
(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)34~35頁参照。
(※3) サポート要件とは、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載されていることが必要であることをいいます。
(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)34~35頁参照。
(※3) サポート要件とは、特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載されていることが必要であることをいいます。
以上
※「THE INDEPENDENTS」2025年5月号 P.13より
※掲載時点での情報です
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弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏 2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。 【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】 所在地:東京都港区虎ノ門2-10-1 虎ノ門ツインビルディング東館16階 TEL:03-5561-8550(代表) 構成人員:弁護士34名・スタッフ16名 取扱法律分野:知財・技術を中心とする法律事務(契約・訴訟)/破産申立、企業再生などの企業法務/瑕疵担保責任、製造物責任、会社法、労務など、製造業に生起する一般法律業務 http://www.uslf.jp/ |