<起業家インタビュー>
周波数資源の有効活用を追求して創業
当社は独自の無線メッシュ技術を保有しており、これを搭載したWi-Fiアクセスポイントの開発・製造・販売、クラウドサービスの提供、そして無線メッシュ技術の他社へのライセンスを行っています。2008年8月に九州大学発ベンチャーとして創業しましたが、直後にリーマンショックが起き、当初予定していた資金調達が全てなくなりました。そこから約10年間は主に受託研究開発に近い形で事業を継続し、2018年に私が大学を退職して本格的に経営に専念したことで第二創業のフェーズに入りました。実質的には創業7年目の企業として2025年1月にNASDAQへ上場しました。
私がこの技術にこだわり続けたのは、限りある資源である「周波数」をいかに有効利用するかという研究テーマがあったからです。Wi-Fiの会社と思われがちですが、本質は周波数の効率的な利用と、スモールセル(小型基地局)をいかに普及させるかという点にあります。周波数が足りなくなる問題を解決する方法は、①周波数帯域を増やす、②アンテナを増やす、③基地局を多く設置する、の3つがありますが、私たちは③に着目し、多数の基地局設置を容易にするLANケーブル削減技術を開発しました。
NASDAQ上場によるグローバル展開への挑戦
上場準備は約2年前から進めました。上場時の時価総額は約150億円、資金調達額は約10億円でした。NASDAQを選んだ最大の理由は海外展開です。我々の技術は言葉の壁がなく、より広いマーケットで展開することが創業時からの願いでした。世界のWi-Fi市場は日本の約10倍と言われており、大きな成長ポテンシャルがあります。最近ではウクライナの携帯キャリア最大手Kyivstar社とウクライナにおける無線Wi-Fi施設プロジェクトを進めており、これをきっかけにグローバル展開を加速していく計画です。
知財戦略が企業価値と技術の核心に
当社の最大の強みは、50件以上の特許を持つ強固な知財ポートフォリオです。当社の特許の9割以上がメッシュ技術に関するものです。九州大学の知財部門には「なぜこんなに出願するのか」と言われながらも、「いつか必ず収益を返す」と説得して国内外の特許出願に投資してもらいました。現在は、当社の収益の一部を九州大学に返還する形で独占的なライセンスを受けています。
NASDAQ上場も特許があったからこそ実現できました。上場の目論見書作成時には、特許について事細かく記載するよう求められましたが、これは技術志向の企業として正しく評価されるための重要なプロセスだったと考えています。当社は「知財の会社」であり、それをソフトウェアとして実現し、ライセンスするというビジネスモデルを構築しています。
独自の動的ツリー経路制御で高い安定性を実現
当社の無線メッシュ技術の最大の特徴は「動的ツリー経路制御」と呼ばれる技術です。従来、無線を中継する際の最大の課題は、電波が人の動きだけで大きく減衰してしまう現象でした。これにより通信が不安定になり、多くの企業がこの問題で失敗していました。我々の技術は、網目状のメッシュ構造ではなく、ツリー構造の経路を動的に変化させる方式を採用しています。不安定な電波環境でも、常に最適な電波経路を選択し、しかも瞬時に切り替えることで高い安定性を実現しています。
「非オフィス」領域での高い評価
当社の技術は特に建設・工場・倉庫などの分野で広く導入されています。LANケーブルの大幅削減により、これまでWi-Fi環境の構築が困難だった場所でも容易に導入できることが大きな強みです。例えば、スキー場や造船所では、広大な範囲や海を挟んだエリアでも指向性アンテナと組み合わせることで、Wi-Fi環境を実現しています。代表的な導入事例としては、清水建設の麻布台ヒルズプロジェクトや、ガーラ湯沢スキー場、福岡造船の造船所、キャンプ場などがあります。また、災害時のBCP対策など様々な用途に活用されています。
エッジプラットフォーマーへの進化が成長戦略の鍵
Wi-Fi市場は、コンシューマーとエンタープライズに分かれており、当社が注力しているのは「非オフィス」のエンタープライズ市場です。コンシューマー市場ではメッシュ機能がすでにデフォルト化され、エンタープライズのオフィス市場ではLANケーブルが十分に整備されているため、あえてメッシュを導入する必要性が低いのです。一方、屋外や工場、倉庫、建築などの非オフィス領域では、LANケーブル配線が困難であり、非常に大きな需要があります。さらに、IoTとDXの流れにより、これらの分野でもネットワーク環境が必須となっています。
もう一つの成長戦略は、単なるWi-Fi企業からエッジプラットフォーマーへの進化です。スキー場での利用時アンケートや、大成建設と協業している建設DX基盤「T-basisX」のように、構築したWi-Fi空間を単なる通信インフラではなく、付加価値を生み出す空間に変えていくことを目指しています。
私たちは周波数という限りある資源を有効活用する技術を通じて、世界中の人々の暮らしを支えるインフラを提供していきたいと考えています。
interviewed by kips 2025.4.7
【PicoCELA株式会社】
設 立:2008年8月8日
所在地:東京都中央区日本橋人形町2-34-5 SANOS日本橋4階
資本金:100,000千円
事業内容:無線通信に関する特許技術を活用した無線通信製品の販売・ソリューション・ライセンスの提供、及びクラウド監視システムの販売
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【代表者略歴】 PicoCELA株式会社
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※「THE INDEPENDENTS」2025年5月号 - P.4-5より