1 はじめに

 今回のコラムでも、特許庁の審査の運用について(「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)、「AI関連技術に関する事例の追加について」(2024年3月13日・特許庁審査第一部調整課審査基準室))、AI関連発明の事例に基づき、特許出願時の留意点について述べていきます。今回は、人間が行った業務を、人工知能を用いてシステム化した場合、どのような場合であれば特許され、どのような場合であると特許されないのか、について、紹介します。

 

2 設例(以下の特許出願は、特許となるでしょうか。)(※1)

(1) 特許明細書等の出願書類

 発明の名称:レーザ加工装置

 特許請求の範囲
【請求項1】(進歩性なし)
 レーザ光を被加工物に照射して溶接を行うレーザ加工装置であって、
 レーザ加工に関連する複数の加工パラメータに基づいて前記レーザ加工装置を制御する制御部と、
 前記レーザ光の照射によって前記被加工物から発生する反射光のうち、あらかじめ定めた波長帯域の光強度を光強度信号として検出する光強度検出部と、
 前記光強度信号の時系列信号から得られる平均値を抽出する平均値抽出部と、
 入力データを前記平均値とし、出力データを前記複数の加工パラメータの調整量として、前記入力データと前記出力データの過去の実績値を教師データとして用いた学習モデルの機械学習処理を行う機械学習部と、
 前記機械学習部における機械学習処理により得られた学習済みモデルに対して、前記入力データを入力し、前記出力データである前記複数の加工パラメータの調整量を出力し、前記制御部に前記複数の加工パラメータの調整量を入力する加工パラメータ調整部と、
 を備えることを特徴とするレーザ加工装置。

【請求項2】(進歩性あり)
 前記レーザ加工装置は、レーザ発振器の使用時間を累積して記憶する累積使用時間記憶部を備え、
 前記入力データに、さらに、レーザ発振器の累積使用時間を含むこと、
 を特徴とする請求項1に記載のレーザ加工装置。

 発明の詳細な説明
【背景技術】
 レーザ加工による溶接において、加工パラメータは各種条件に応じて予め設定されている。さらに、レーザ加工による溶接において、加工中の状況に応じて上記予め設定された加工パラメータを、オペレータが補正量を定めて調整することが行われている。

【発明が解決しようとする課題】
 レーザ加工による溶接では、レーザ出力、加工ヘッドの移動速度、レーザの焦点位置、シールドガスの圧力、等の複数の項目の加工パラメータがある。そのため、オペレータによる加工パラメータの調整は、複数の加工パラメータを同時に探索する必要があるため、非常に多くの試行回数が必要となり、調整の完了までに長い作業時間を要するという問題があった。

【課題を解決するための手段】
(省略)

【発明の効果】
 請求項1に係る発明は、オペレータの複数の加工パラメータの調整業務を効率化することができる。請求項2に係る発明は、オペレータが通常考慮しない「レーザ発信器の累積使用時間」を入力データとして用いることで、複数の加工パラメータの調整量の推定精度を大幅に向上することができる。
(補足説明)
 請求項2について、「レーザ発信器の累積使用時間」を入力データに加えることで、学習済みモデルによる複数の加工パラメータの調整量の推定精度を大幅に向上することができることが、発明の詳細な説明の中で十分に説明又は検証されているものとする。

レーザ加工装置の複数の加工パラメータの調整を、オペレータが行っている方法を、AIを用いてシステム化した図


(2) 技術水準(引用発明、周知技術等)

 引用発明1(引用文献1に記載された発明):
 レーザ光を被加工物に照射して溶接を行うレーザ加工装置を用いて、オペレータがレーザ加工を行う方法であって、
 レーザ加工装置は、レーザ加工に関連する複数の加工パラメータに基づいて前記レーザ加工装置を制御する制御部と、
 前記レーザ光の照射によって前記被加工物から発生する反射光のうち、あらかじめ定めた波長帯域の光強度を光強度信号として検出する光強度検出部と、
 前記光強度信号の時系列信号から得られる平均値を抽出する平均値抽出部と、を備え、
 オペレータが、前記平均値に基づき、入力すべき前記複数の加工パラメータの調整量を判断し、当該複数の加工パラメータの調整量を制御部に入力するレーザ加工方法。

 慣用技術
 情報処理の技術分野において、人間が行っている業務を効率化するために、人間が行う判断について機械学習された学習済みモデルを代替手段とすることは慣用されている。

(3) 特許出願の帰趨 (※2)

 上記内容を出願した場合、請求項1にかかる発明は従前から人間が行っていた業務を、単純に人工知能を用いてシステム化した発明であり、進歩性を有さず特許されません。
 他方、請求項2かかる発明は、引用発明1と対比した場合、加工パラメータの調整量の判断に、レーザ発信器の累積使用時間を用いる点で、相違し、この点は、加工パラメータの調整量の推定精度を大幅に向上させるものであり、進歩性を有し、特許されます。
 

3 本事例から学ぶ留意点

 従前から人間が行った業務を、単純に人工知能を用いてシステム化した発明は、進歩性を有さず特許されません(本件の請求項1)。しかし、従前人間が行っていた業務に加えて、これまで使用されていなかった考慮要素(本件で言えばレーザ発信器の累積使用時間)を用いて、人工知能によりシステム化した場合には、同要素により精度向上に資する効果を奏するときには、特許される可能性がありますので(本件の請求項2)、従前から人間が行った業務のAIによるシステム化の場合でも特許出願の可能性を探ることが有益でしょう。
 

<注釈>

(※1) 本文中枠内は、「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)75~78頁から引用、図表は「AI関連技術に関する事例の追加について」(2024年3月13日・特許庁審査第一部調整課審査)23頁から引用。
(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)76~78頁参照。
 
 
以上
 
※「THE INDEPENDENTS」2025年2月号 P.13より
※掲載時点での情報です
 

 
弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏   弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。

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