1 はじめに

 特許庁は、これまでも、AI関連発明に関する審査事例の運用を公開してきました(2017年、2019年)。
 今般、AI関連発明の一層の発達と出願数の増加を受けて、大規模言語モデル、マテリアルズ・インフォマティクス等の幅広い分野において事例を追加して、特許庁は、審査の運用を追加的に公開しました(「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)、「AI関連技術に関する事例の追加について」(2024年3月13日・特許庁審査第一部調整課審査基準室))。

 本コラムでは、特許庁が、今般、追加で公開した事例に基づき、AI関連発明の特許出願時の留意点について、述べていきます。今回は、大規模言語モデルの適用に関する事例で、人間が行っている業務の生成AIを用いたシステム化の事例を紹介します。

 

2 設例(以下の特許出願は、特許となるでしょうか。)(※1)

(1) 特許明細書等の出願書類

 発明の名称:カスタマーセンター用回答自動生成装置

 特許請求の範囲
【請求項1】
 質問者による金融商品に関する問合せの質問文を受け付けて前記質問文に対する回答文を自動生成するカスタマーセンター用回答自動生成装置であって、 前記質問文を大規模言語モデルに入力することで、回答文を自動生成することを特徴とするカスタマーセンター用回答自動生成装置。

 発明の詳細な説明
【背景技術】
 金融商品のカスタマーセンターの担当者は、外部からの問合せの質問文に対する回答文を、過去の問合せ事例等を参考にして人手で作成している。

【発明が解決しようとする課題】
 現在の問合せ対応は、回答文を人手で作成しているため、担当者の負担が重いという課題がある。また、担当者に応じて習熟度が異なるため、質問者に対して均質的なカスタマーサービスを提供できないという課題がある。これらの課題を解決するため、担当者の習熟度によらず、問合せの質問文に対する回答文を自動出力するカスタマーセンター用回答自動生成装置を提供する。

カスタマーセンターにおいて問い合わせに対する回答をAIが自動的に生成する仕組み

(2) 技術水準(引用発明、周知技術等)

 引用発明1
 カスタマーセンターの担当者により、質問者による金融製品に関する問合せの質問文を受け付けて前記質問文に対する回答文を作成する回答作成方法であって、 過去の問合せの事例が蓄積されたデータベースを検索して、前記質問文と合致する事例を参照して回答文を作成する回答作成方法。

 慣用技術
 情報処理の技術分野において、人間が行っている業務を効率化するために、質問文を大規模言語モデルに入力し、その回答文を得ることは慣用されている。
 

(3) 特許出願の帰趨 (※2)

 上記内容を出願した場合、特許されません。
 請求項1にかかる発明と、引用発明1を対比した場合、請求項1に係る発明は、カスタマーセンター用回答自動生成装置であって、質問者による金融商品に関する問合せの質問文を受け付け、前記質問文を大規模言語モデルに入力することで、回答文を自動生成するのに対し、引用発明1は、回答作成方法であって、カスタマーセンターの担当者が、質問者による金融商品に関する問合せを受け付け、過去の問合せの事例が蓄積されたデータベースを検索して、前記質問文と合致する事例を参照して回答文を作成する点で相違します。
 この相違点については、人間が行っている業務をコンピュータにより自動化することで効率化を図ることは、当業者通常考慮する課題であり、また、業務の効率化のために、質問文を大規模言語モデルに入力し、回答分を得ることは慣用技術です。
 したがって、請求項1に係る発明は、引用発明1に慣用技術を適用することで実現できたもので、当業者であれば、容易に想到できたとして、進歩性違反(特許法29条2項1号)となり特許されません。
 

3 本事例から学ぶ留意点

 昨今、大規模言語モデル等の生成AIを用いて、業務やビジネスに適用する事例が増加しています。そして、生成AIを導入したことで、特許出願を検討する事例も増えています。もちろん、生成AIを導入したことにより、技術的特徴がみられる場合は、特許されますが、本事例のように、人間が行っている業務を生成AIを用いて単純にシステム化しただけのケースでは、特許されないことに留意すべきです。このような発明の場合、生成AIを導入したことで、新らな特定のパラメータとの関係で業務手順が変革するなどソフトウェア処理に新規な処理が生ずる場合もあるので、そのような観点に着眼して、発明を創出することが有益でしょう。
 

<注釈>

(※1) 本文中枠内は、「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)65~66頁から引用、図表は「AI関連技術に関する事例の追加について」(2024年3月13日・特許庁審査第一部調整課審査)12頁から引用。
(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2024年・特許庁)66~67頁参照。
 
 
以上
 
※「THE INDEPENDENTS」2025年1月号 P.15より
※掲載時点での情報です
 

 
弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏   弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。

【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】
所在地:東京都港区虎ノ門2-10-1 虎ノ門ツインビルディング東館16階
TEL:03-5561-8550(代表)
構成人員:弁護士34名・スタッフ16名
取扱法律分野:知財・技術を中心とする法律事務(契約・訴訟)/破産申立、企業再生などの企業法務/瑕疵担保責任、製造物責任、会社法、労務など、製造業に生起する一般法律業務

http://www.uslf.jp/