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「AI関連発明の特許出願時の留意点 (11)」

1 はじめに

 本コラムでは、設例に基づき、AI関連発明の特許出願時の留意点を検討します。
 

2 設例(※1)(以下の特許出願は、特許となるでしょうか。)

 スタートアップA社は、学習済みの人工知能モデルにより、水力発電量を推定する方法を発明しました。
 A社は、請求項1に記載の発明をし、以下の出願書類において、特許出願をしました。
 


(1) 特許明細書等の出願書類

 【発明の名称】 水力発電量推定システム特許請求の範囲


【特許請求の範囲】
【請求項1】
 情報処理装置によりニューラルネットワークを実現するダムの水力発電量推定システムであって、
 入力層と出力層とを備え、前記入力層の入力データを基準時刻より過去の時刻から当該基準時刻までの所定期間の上流域の降水量、上流河川の流量及びダムへの流入量とし、前記出力層の出力データを前記基準時刻より未来の水力発電量とするニューラルネットワークと、
 前記入力データ及び前記出力データの実績値を教師データとして前記ニューラルネットワークを学習させる機械学習部と、
 前記機械学習部にて学習させたニューラルネットワークに現在時刻を基準時刻として前記入力データを入力し、現在時刻が基準時刻である出力データに基づいて未来の水力発電量の推定値を求める推定部と、
 により構成されたことを特徴とする水力発電量推定システム。
(中略)
 
発明の詳細な説明
【技術背景】
 ダムの管理者は、過去の上流域の降水量や上流河川の流量等から、将来のダムへの流入量を推定し、この推定流入量を水力発電量に換算して将来の水力発電量を推定している。
 
【発明が解決しようとする課題】
 一般に、ダムの将来の水力発電量は、過去数週間程度の上流域の降水量と、上流河川の流量、ダムへの流入量の実績値を用いて推定される。通常は、ダムの管理者がこれらのデータから将来の流入量を算出する関数式を作成し、当該関数式にその時々に計測した過去数週間のデータを入力することで将来の流入量を推定する。その後、推定した将来の流入量を水力発電量に近似的に換算する。
 しかしこの方法では、管理者にダム一つ一つに関数式を作成する負担が発生する。また、関数式を用いて将来の流入量を求め、その後発電量に近似的に換算する方法であるので、管理者が細かく関数式を調整しても、水力発電量を高精度に推定することができないという問題があった。
 本発明の課題は、ダムの水力発電量を高精度に直接推定できる水力発電量推定システムを提供することである。
 
【課題を解決するための手段】
 本願請求項1に係る発明は、基準時刻より過去の時刻から当該基準時刻までの所定期間の上流域の降水量、上流河川の流量及びダムへの流入量を入力データとし、前記基準時刻より未来の水力発電量を出力データとする教師データを用いて、教師あり機械学習によりニューラルネットワークを学習させる。そして、現在時刻までの上流域の降水量、上流河川の流量及びダムへの流入量を前記学習済みのニューラルネットワークに入力することで、現在時刻以降の水力発電量を推定する。
(中略)
 
【発明の効果】
 請求項1に係る発明によれば、学習済みのニューラルネットワークを用いて推定することにより、将来の水力発電量を高精度に直接推定することができる。
(中略)

(2) 技術水準(引用発明、周知技術等)
引用発明1(引用文献1に記載された発明):
 情報処理装置により重回帰分析を行うダムの水力発電量推定システムであって、
 説明変数を基準時刻より過去の時刻から当該基準時刻までの所定期間の上流域の降水量、上流河川の流量及びダムへの流入量とし、目的変数を前記基準時刻より未来の水力発電量とする回帰式モデルと、
 前記説明変数及び前記目的変数の実績値を用いて前記回帰式モデルの偏回帰係数を求める分析部と、
 前記分析部にて求められた偏回帰係数を設定した回帰式モデルに現在時刻を基準時刻として前記説明変数にデータを入力し、現在時刻が基準時刻である前記目的変数の出力データに基づいて未来の水力発電量の推定値を求める推定部と、
 により構成されたことを特徴とする水力発電量推定システム。

周知技術:
 機械学習の技術分野において、過去の時系列の入力データと将来の一の出力データからなる教師データを用いてニューラルネットワークを学習させ、当該学習させたニューラルネットワークを用いて過去の時系列の入力に対する将来の一の出力の推定処理を行うこと。

(3) 特許の帰趨 (※2) 

 上記内容を出願した場合、請求項1は特許されません。
 請求項1にかかる発明と、引用発明1を対比した場合、請求項1にかかる発明は、入力層と出力層とを備えたニューラルネットワークにより水力発電量推定を実現するのに対して、引用発明1は、回帰式モデルにより水力発電量推定を実現する点で相違します。
 同相違点については、引用発明1と周知技術とが、データ間の相関関係に基づき、過去の時系列の入力から将来の一の出力を推定するという点で機能が共通するので、引用発明1に周知技術を適用し、回帰モデルに代えて学習済みニューラルネットワークを利用して、水力発電量推定を実現する構成とすることは、当業者が容易に想到することができます。
 したがって、引用発明1に周知技術を適用することで請求項1に記載の発明は容易に想到できたとして、進歩性違反(特許法29条2項1号)として特許されません。
 

3 本事例から学ぶ留意点
 本件のように、既知の推定方法の単純な変更では、特許されないことに留意すべきです。
 このような発明の場合、従来にはないパラメータやデータ傾向に着目することで、特許となる可能性があるので、出願前の時点であれば、このような視点で発明発掘を継続することが有益でしょう。この点、次回号で、解説していきます。
 

<注釈>

(※1) 本コラムで紹介するのは、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)の事例34です。本文中枠内は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)26~29頁から引用、図表は「AI関連技術に関する事例の追加について」(2019年1月30日・特許庁審査第一部調整課審査基準室)30頁から引用。

(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)28頁参照。
 
 
以上
 
※「THE INDEPENDENTS」2024年9月号 P.13より
※掲載時点での情報です
 

 
  弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。

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