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「小説「下町ロケット」より 中小企業の知財戦略」

公開


内田・鮫島法律事務所
代表弁護士 鮫島 正洋さん

1963年兵庫県神戸市生まれ。81年神奈川県立横浜翠嵐高校卒業。85年東京工業大学金属工学科卒業。同年藤倉電線株式会社(現・株式会社フジクラ)入社。91年弁理士試験合格。92年日本アイ・ビー・エム株式会社入社。96年司法試験合格。97年同社退職。司法研修所 入所。99年弁護士登録(51期) 大場・尾崎法律事務所 入所。2000年松尾綜合法律事務所(現・弁護士法人松尾綜合法律事務所)入所。 04年内田・鮫島法律事務所開設。 地域中小企業知的財産戦略プロジェクト(特許庁)統括委員長。

住所:東京都港区西新橋1-20-3 虎ノ門法曹ビル701
TEL:03-5511-6211(代) 弁護士11名/スタッフ10名
http://www.uslf.jp/

*「下町ロケット」(著者:池井戸潤。平成23年直木賞受賞)

―あらすじ
・大田区にある年商100億円の中小企業である佃製作所の佃社長は、国立機関のロケット研究員であったが挫折、家業を継ぎ、佃製作所の技術をロケットに搭載する日を夢見ながら日常を過ごしていた。
・そんなある日、同社に対して特許侵害訴状が届く。同社の技術力に注目した大手企業ナカシマ工業が、同社買収を狙って仕掛けてきたのであった。
・提訴された佃製作所は銀行融資を断られ、資金的に大きな打撃を受ける。
・万策窮すと思われたときに知り合った特許弁護士・神谷が逆提訴を含め様々な方策を講じ、佃製作所は無事、勝訴和解を納める。
・その後、業界最大手の帝国重工業は、自社が開発したエンジンバルブが、佃特許出願に一週間の遅れを取っており、当該特許を侵害していることを知る。
・帝国重工業は、特許権の買い取り、独占ライセンスを要求するも、佃社長は、これを拒否。自社特許技術にかかるバルブの製造受託を提案する。
・帝国重工業の開発総責任者・財前は、一介の中小企業の唐突な申し出に狼狽しつつも、やがて佃製作所の技術力の高さに感銘を覚えるようになる・・・・・・・

※知財業界では前半をフォーカスしているが、実は後半の人間模様が圧巻。ぜひ読んでみてください。


私は「下町ロケット」に登場する神谷という中小企業側に立って中小企業の応援をする弁護士のモデルにしていただきました。著者の池井戸さんと対談しているときに「例えば大企業が中小企業に特許侵害を仕掛けるというのはどんな場面か?」と聞かれ、私は「うーん、例えば、その中小企業の技術が欲しくて買収するときなんかにやるんじゃないかな」と答えました。その時の話がそのまま小説に登場しています。大企業に訴えられた中小企業が世間からどうみられるか。この小説のように銀行や取引先から不安に思われ取引停止になることもある。これは経営にとっては致命的なことです。

中小企業にとって前向きな話として面白いのは、後半の大企業との交渉過程における知財のところです。

佃製作所が技術力だけで特許がなければ帝国重工は無視します。私は中小企業の技術と10年間向き合ってきてよくこういう例を見てきました。中小企業の技術力が大企業を上回ったという事は結構あります。なぜなのか。大企業の研究開発というのはセオリーにセオリーを重ねた優等生的な研究開発です。だから穴がない。それゆえか、もの凄い画期的な発想も無くなってきてどちらかというと改良に改良を重ねたような技術が大企業では多くなっています。それに対して中小企業は社長の直感やこういうものが欲しいからとにかく作れというトップダウン方式です。そこに既存のセオリーと異なるセオリーがあります。中小企業ではこのような事例が頻繁に起こっています。そうでないとベンチャーは大企業に絶対に負けてしまいます。

技術のビジネスは大別すると実際にモノをつくるビジネスと、ライセンスビジネスの2つがあります。ものづくりにこだわり続けるメリットは、目の前にいるお客様のニーズを常に吸収して、新しいマーケットニーズに基づいた技術開発が可能な事です。他方で最大のデメリットは特許リスクです。ライセンスビジネスでは特許侵害で訴えられることはあり得ません。

知財が重要なのはわかっているけど、どのように活用すれば経営に役立つか、というのがなかなか理解されない現状があります。そこで今日はごく簡単にそういったことをお話します。

―ものづくり企業に必要な知財戦略
(1)必須特許ポートフォリオ理論 : 特許権の経営的な効果を示す理論
「必須特許なくしてマーケット参入なし」
特許を取得する本当の意味は独占ではなく、市場参入の前提条件として必須特許を保有することです。必須特許とはある商品を生産する際に使用せざるを得ない特許です。特許侵害を問題にして生産に支障を来たすより、お互いの特許利用を通じて他からのマーケット参入を阻むほうがビジネス上のメリットがあります。必須特許を保有する事で中小企業も大企業と対等な立場でマーケットへの参入ができます。

(2)知財経営理論 : 必須特許取得に関するプロセス論
「二軸マーケティング(市場+特許)・技術開発・知財取得をリンクせよ」
どうやったら必須特許を取得できるのか。非常に簡単に言うと研究開発する際にはまずきちんとマーケティングをやりましょう。それから研究開発をしたら特許をきちんと取って行きましょう、という事です。その中で重要なことは、市場規模がある程度大きく、必須特許が取れそうな分野はどこかを探す。これが、知財経営でいうマーケティングの概念です。大企業はこういうことを行っていますが、中小企業ではなかなかやっていない。しかし、それでは開発効率が悪い、つまり経営効率も悪いということになってしまいます。

(3)知財経営定着理論 : 知財経営のレベルを評価するための理論
「知財活動は、正しい法・実務・戦略に関する諸知識に基づいて、経営上の課題を解決するために行われるべきである」
成功しない典型例は、製品が売れるかはともかく世界のトップデータを出すんだという企業です。大学の研究室ならこれでいいが、ベンチャーではトップデータを出す事は必ずしもマーケティングとリンクしていないはずです。次に多いのは当社はノウハウで勝負だから特許を出さないというケースです。特許を出してもノウハウを開示するだけになりかねないという気持は良くわかりますが、成長企業は特許とノウハウをうまく使い分けています。ただここは専門家が仕分けをしないと難しいところです。

必須ポートフォリオ理論などの本質的効果に加え、自社PR効果を狙って世界の優良企業と取引する。世界で初めての技術である事を従業員に認識させ技術開発のモチベーションがぐっと上げる。このような使い方をしているのが中小企業の知財戦略です。日本には世界的にトップシェアを取っている中小企業・ベンチャー企業が数多くあります。それらの多くの企業は特許費用に1件数十万円かけながらも特許の陣取りを上手にして最終的にもの凄い売上や利益を獲得しています。

今日は皆様方に難しいと思われている特許などの知財戦略をわかりやすくお話しました。函館地域には多くのものづくり企業が誘致されていますが、この地域からも知財戦略に優れた世界に通用する中小企業がどんどん出てくればと思います。ご清聴ありがとうございました。

【質問】お話ありがとうございます。私は金属加工業を経営しています。町工場ですがプライドを持って製造をしています。今、国の研究機関とこの材料を使った共同開発をしていますが、来月アメリカの大学で新しい材料を学会発表しようと言われました。しかしまだ私たちは特許出願していません。ワクワクしながらもリスクを感じています。
【鮫島】技術情報のマネジメントが分からないという会社はすごく多い。地道な話ですが企業の中に情報管理および知財管理をする担当する人を、兼業でかまわないので一人設けていただく。守秘義務契約のカバー範囲はどこまであるのかを調べる。学会発表前に特許出願が理想だが、出来ないのであれば開発に関するデータ管理をきちんと行うことが大切です。たとえば、この時点で学会発表された、あるいは試作品ができたという情報を管理していけばリスクを低くすることはできます。

【質問】データ欠乏症の会社と言われドキっとしました。製造技術にノウハウが隠されているが真似されたらどうしようもありません。特許侵害がわかりにくいから特許を出していない。言い訳ですが。
【鮫島】そういう場合は原則として、出さないほうがいいという結論になると思います。ただそれでは開発案件が広がらないので、検出できる技術を上手くい切り出して特許を出す事がポイントになります。これにはスキルが必要なので我々がアドバイスできます。


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【連載】ベンチャー企業のための知財戦略入門
【連載2】ベンチャー企業のための知財戦略入門(2)
【連載3】特許法30条の改正―売れ行きを見てから特許出願が可能に!
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※「THE INDEPENDENTS」2013年3月号 - p12より