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「AI関連発明の特許出願時の留意点 (8)」

1 はじめに

 
 本コラムでは、設例に基づき、AI関連発明の特許出願時の留意点を検討します。
 
 

2 設例(※1)(以下の特許出願は、特許となるでしょうか。)

スタートアップA社は、認知症の進行度合い(認知症レベル)を診断するため、認知症診断に係る質問者と回答者の問答のうち、特定の問答に着目し、機械学習処理を行い、学習済みニューラルネットワークに反映させ、同ニューラルネットワークを用いて認知症レベルの推定を行う装置を発明しました。
 すなわち、従来、認知症レベル推定装置が存在し、回答者の認知症レベルを所定の精度で推定できることは知られていましたが、医師と患者の問答はケースバーケースで、機械学習させても実用に足る結果は得られないことから、A社は、請求項1に記載の発明をし、以下の出願書類において、特許出願をしました。

 
 
 
(1) 特許明細書等の出願書類

 【発明の名称】 認知症レベル推定装置 

【特許請求の範囲】
【請求項1】 
 回答者と質問者の会話に係る音声情報を取得する音声情報取得手段と、
 前記音声情報の音声分析を行って、前記質問者の発話区間と、前記回答者の発話区間とを特定する音声分析手段と、
 前記質問者の発話区間及び前記回答者の発話区間の音声情報を音声認識によりそれぞれテキスト化して文字列を出力する音声認識手段と、
 前記質問者の発話区間の音声認識結果から、質問者の質問種別を特定する質問内容特定手段と
 学習済みのニューラルネットワークに対して、前記質問者の質問種別と、該質問種別に対応する前記回答者の発話区間の文字列とを関連付けて入力し、前記回答者の認知症レベルを計算する認知症レベル計算手段と、
 を備え、
 前記ニューラルネットワークは、前記回答者の発話区間の文字列が対応する前記質問者の質問種別に関連付けて入力された際に、推定認知症レベルを出力するように、教師データを用いた機械学習処理が施された、
認知症レベル推定装置。


(2) 技術水準(引用発明、周知技術等)
引用発明1(引用文献1に記載された発明):

 回答者と質問者の会話に係る音声情報を取得する音声情報取得手段と、
 前記音声情報を音声認識によりテキスト化して文字列を出力する音声認識手段と、
 学習済みのニューラルネットワークに対して、前記音声認識手段によりテキスト化された文字列を入力し、前記回答者の認知症レベルを計算する認知症レベル計算手段と、
 を備え、
 前記ニューラルネットワークは、前記文字列が入力された際に、推定認知症レベルを出力するように、教師データを用いた機械学習処理が施された、
認知症レベル推定装置。(引用文献1には、認知症レベル推定装置が回答者の認知症レベルを所定の精度で推定できることが、当業者が理解できる程度に記載されている。)

(3) 特許出願の帰趨 (※2) 

 上記内容を出願した場合、特許される可能性があります。
 請求項1に記載の発明と、引用発明1を比較すると、請求項1に記載の発明は、「前記音声情報の音声分析を行って、前記質問者の発話区間と、前記回答者の発話区間とを特定」するとともに、「前記質問者の発話区間及び前記回答者の発話区間の音声情報を音声認識によりそれぞれテキスト化して文字列を出力」し、「前記質問者の発話区間の音声認識結果から、質問者の質問種別を特定」し「前記ニューラルネットワークは、前記回答者の発話区間の文字列が対応する前記質問者の質問種別に関連付けて入力された際に、推定認知症レベルを出力するように、教師データを用いた機械学習処理」がなされるのに対して、引用発明1のニューラルネットワークでは、質問者及び回答者の発話区間の区別なく、音声認識によりテキスト化された文字列をそのまま入力し、認知症レベルを出力するように機械学習処理が施される点が相違します。
 この相違点にかかる構成(回答者と質問者の会話に係る音声情報のテキスト化された文字列に対して、質問者の質問種別を特定し、当該質問種別に対応する回答者の回答内容とを関連付けて評価に用いる構成)は、先行技術は発見されておらず、引用発明1の設計変更や設計的事項ということもできず、かつ、請求項1に記載の発明は、精度の高い認知症レベルの推定を実現する顕著な効果も認められるので、請求項1に記載の発明は、進歩性を有し、特許される可能性があります。 

 
3 本事例から学ぶ留意点
 
 従来技術として、機械学習を用いて、特定の現象についての評価手法が存在したとしても(本件でも、従来技術として、医師と患者の問答を機械学習して認知症レベルを推定する推定装置は、存在した。)、同評価手法の精度を上げるための工夫(質問種別を特定した、問答の解析)を行い、同工夫について、先行技術が存在せず、設計事項とも評価されないときは、同工夫については、特許となる可能性があるので、機械学習分析について、後発企業だとしても特許取得の可能性がある点は、本事例から学ぶことができます。
 

<注釈>

(※1) 本コラムで紹介するのは、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)の事例36です。本文中枠内は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)33~35頁から引用、図表は「AI関連技術に関する事例の追加について」(2019年1月30日・特許庁審査第一部調整課審査基準室)36頁から引用。

(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)34~35頁参照。
 
 
以上
 
※「THE INDEPENDENTS」2024年6月号 P.13より
※掲載時点での情報です
 

 
  弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。

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