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「AI関連発明の特許出願時の留意点 (7)」

1 はじめに

 
 本コラムでは、設例に基づき、AI関連発明の特許出願時の留意点を検討します。
 
 

2 設例(※1)(以下の特許出願は、特許となるでしょうか。)


 スタートアップA社は、自動運転モードと手動運転モードとを選択的に実施可能に構成されて、運転者監視装置から取得する即応性スコアにより示される運転者の運転に対する即応性が所定の条件を満たさない場合に、自動運転モードから手動運転モードへの切り替えを禁止することを発明しました。A社は、以下の出願書類において、特許出願をしました。
 
 
 
(1) 特許明細書等の出願書類

 【発明の名称】 自動運転車両 

【特許請求の範囲】
【請求項1】 
 運転者監視装置を備える自動運転車両であって、
 前記運転者監視装置は、車両の運転席に着いた運転者を撮影可能に配置された撮影装置から撮影画像を取得する画像取得部と、
 前記運転者の運転に対する即応性の程度を推定するための機械学習を行った学習済みの学習モデルに前記撮影画像を入力することで、前記運転者の運転に対する即応性の程度を示す即応性スコアを当該学習モデルから取得する即応性推定部と、
を備え、
 取得した即応性スコアが所定の条件を満たさない場合に、自動的に運転操作を行う自動運転モードから運転者の手動により運転操作を行う手動運転モードへの切り替えを禁止する自動運転車両。

発明の詳細な説明の概要

 運転者監視装置を備える自動運転車両は、自動的に運転操作を行う自動運転モードと運転者の手動により運転操作を行う手動運転モードとを選択的に実施可能に構成されており、前記自動運転モードが実施されている際に、前記運転者監視装置から取得する即応性スコアにより示される前記運転者の運転に対する即応性が所定の条件を満たさない場合に、前記自動運転モードから前記手動運転モードへの切り替えを禁止する。当該構成によれば、運転者の即応性に応じて適切な場合にのみ自動運転から手動運転に動作を切り替え可能な車両を提供することができる。
 運転者監視装置は、運転席に着いた運転者を撮影した撮影画像を入力として、即応性スコアを出力する学習モデルを用いて、即応性スコアを取得する。学習モデルはニューラルネットワークなど公知の機械学習アルゴリズムを利用して生成する。機械学習アルゴリズムに入力する教師データは、例えば、車両内の運転席に着いた運転者を撮影するように配置されたカメラによって、前記運転席に着いた運転者を様々な条件で撮影し、得られる撮影画像に即応性スコアを紐付けることで作成することができる。
 即応性スコアとしては、0から10までの数値パラメータを用いる。様々な行動状態の運転者を撮像した各撮影画像を人の手によって評価し、撮影画像毎に即応性スコアを設定する。例えば、運転者が、「ハンドル把持」、「計器操作」、及び「ナビゲーション操作」等の行動状態にある場合には、当該運転者は車両の運転操作に直ちに取り掛かれる状態にあると判断し、高い数値パラメータを設定する。一方、運転者が、「会話」、「喫煙」、「飲食」、「通話」、及び「携帯電話操作」等の行動状態にある場合には、当該運転者は車両の運転操作に直ちには取り掛かれない状態にあると判断し、低い数値パラメータを設定する。また、類似の行動状態であっても、その具体的状況に応じて異なる即応性スコアを設定しても良い。例えば、運転者が同じ「ハンドル把持」や「会話」の行動状態にある場合でも、運転者の顔の向きや表情によって即応性スコアを異なるものにして良い。さらに、運転者が同じ「飲食」の行動状態である場合でも、食べ物の種類の違いによって即応性スコアを異なるものにして良い。
 
(2) 前提(出願時の技術水準)
出願時の技術常識に鑑みて撮像画像に撮像された運転者の行動状態と当該運転者の運転に対する即応性の程度との間に相関関係等の一定の関係(以下、本事例においては 「相関関係等」という。)が存在することが推認できるものとする。

 

(3) 特許出願の帰趨 (※2) 

 上記内容を出願した場合、特許される可能性があります。
 2024年3月号のコラムでは、AIを用いて有用な相関関係を予測できた場合であっても、特許明細書においては、具体的な相関関係の記載がない場合、実施可能要件(※3)(特許法36条4項1号)を満たさず、特許されないことを説明しました。
 本件でも、撮像画像に撮像された運転者の行動状態と当該運転者の運転に対する即応性の程度との間の具体的な相関関係については、特許明細書には記載がありません。しかし、本件は、前提として、出願時の技術常識に鑑みると、撮像画像に撮像された運転者の行動状態と当該運転者の運転に対する即応性の程度との間に相関関係等の一定の関係が存在することが推認できることから、実施可能要件を具備することになり、特許される可能性があります。
 
 
3 本事例から学ぶ留意点
 
 AIを用いて有用な相関関係を予測できた場合(本件であれば、運転者の行動状態と当該運転者の運転に対する即応性の程度)であっても、特許明細書においては、具体的な相関関係を記載するか、同相関関係が出願当時の技術常識からして推認できるものでなければ、特許されないことに留意すべきです。技術常識の認定は、出願時に判断し難い場合もあるのでリスクヘッジの観点からは、特許明細書には相関関係の記載をすることが好ましいでしょう。
 特許出願後に、実際の相関関係を裏付ける実験証明書などを提出しても、拒絶理由は治癒しないことに留意が必要です。
 

<注釈>

(※1) 本コラムで紹介するのは、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)の事例48です。本文中枠内は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)12~13頁から引用、図表は「AI関連技術に関する事例の追加について」(2019年1月30日・特許庁審査第一部調整課審査基準室)19頁から引用。

(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)13頁参照。
 
(※3) 実施可能要件とは、発明の詳細の説明の記載が、当業者が発明を実施できる程度に明確かつ十分な記載であることが必要であることをいます。
 
 
以上
 
※「THE INDEPENDENTS」2024年5月号 P.13より
※掲載時点での情報です
 

 
  弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。

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