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「AI関連発明の特許出願時の留意点 (3)」

1 はじめに

 
 本コラムでは、設例に基づき、AI関連発明の特許出願時の留意点を検討します。
 
 

2 設例(※1)(以下の特許出願は、特許となるでしょうか。)


 スタートアップA社は、従来、医師が癌の可能性を測定するには、被験者の血液を分析して得られた特定のマーカーの測定値を用いているので、これが手間であり、かつ医師の習熟度が必要だったことに着目し、簡易に習熟度によらず、被験者の癌である可能性を判断する支援装置を発明しました。A社は、以下の出願書類において、特許出願をしました。
 
 
 
(1) 特許明細書等の出願書類

 【発明の名称】 体重推定システム 

 
 
【特許請求の範囲】

【請求項1】
被験者から採取した血液を用いて、当該被験者が癌である可能性を示すレベルを算出する癌レベル算出装置であって、 前記被験者の血液を分析して得られるAマーカーの測定値及びBマーカーの測定値が入力されると、前記被験者が癌である可能性を示すレベルを算出する癌レベル算出部を備え、前記癌レベル算出部は、Aマーカーの測定値と Bマーカーの測定値が入力された際に、推定される癌レベルを算出するように、教師データを用いた機械学習処理が施された学習済みニューラルネットワークを有する、癌レベル算出装置。 

 

(2) 技術水準 (引用発明、周知技術 等)

引用発明1 (引用文献 1 に記載された発明): 

被験者から採取した血液を用いて、医師により、当該被験者が癌である可能性を示すレベルを算出する癌レベル算出方法であって、前記被験者の血液を分析して得られたAマーカー及びBマーカーの測定結果を用いて、前記被験者が癌である可能性を示すレベルを算出する癌レベル算出段階を備える、癌レベル算出方法。
 
周知技術
機械学習の技術分野において、複数の者から収集した各者に関連する所定の入力データ(生体データ等)とその者が病気である可能性を示す出力データからなる教師データを用いてニューラルネットワークに機械学習処理を施し、当該学習済みニューラルネットワークを用いて、被験者に関連する所定の入力データに基づいて当該被験者が病気である可能性を示す出力データの算出処理を行うこと。
 

(3) 特許出願の帰趨 (※2) 

 上記内容を出願した場合、特許されません。
 請求項1にかかる発明と、引用発明1を対比した場合、請求項1にかかる発明は、Aマーカーの測定値とBマーカーの測定値に自動化されたシステムにより癌レベルを算出する(教師データを用いた機械学習処理が施された学習済みニューラルネットワークを用いて癌レベルを算出)のに対して、引用発明1は、医師が、自らの知見により、Aマーカー及びBマーカーの測定結果を用いて、前記被験者が癌である可能性を示すレベルを算出する点で相違します。
 同相違点については、周知技術として、引用発明1と同様の医療の技術分野において、複数の者から収集した各者に関連する所定の入力データ(生体データ等)とその者が病気である可能性を示す出力データからなる教師データを用いてニューラルネットワークに機械学習処理を施し、当該学習済みニューラルネットワークを用いて、被験者に関連する所定の入力データに基づいて当該被験者が病気である可能性を示す出力データの算出処理を行うことが知られています。
 そうすると、医師が行っていた方法を、計算機を用いてシステム化することは当業者の通常の創作能力の発揮によって実現できるので、引用発明1に周知技術を適用することで請求項1に記載の発明は容易に想到できたとして、進歩性違反(特許法29条2項1号)として特許されません。

 

3 本事例から学ぶ留意点

 人間が行っていた既知の業務をAIを用いて単純にシステム化しただけの発明は特許されないことに留意すべきです。
 このような発明の場合、従来にはない癌の発生可能性を示すパラメータやデータ傾向に着目することで、特許となる可能性があるので、出願前の時点であれば、このような視点で発明発掘を継続することが有益でしょう。

 

 

<注釈>

(※1) 本コラムで紹介するのは、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)の事例33です。本文中枠内は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)24~25頁から引用、図表は「AI関連技術に関する事例の追加について」(2019年1月30日・特許庁審査第一部調整課審査基準室)28頁から引用。

(※2) 特許出願の帰趨の詳細は、「AI関連技術に関する事例について」(2019年・特許庁)25頁参照。
 
 
 
以上
 
※「THE INDEPENDENTS」2024年1月号 P.13より
※掲載時点での情報です
 

 
  弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】
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