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「退職者の会社在職中の特許を受ける権利の帰属が問題となった事例」

知財高裁令和5年6月22日判決

 

1 事案

 
 被控訴人代表者は、平成24年5月に控訴人の従業員となり、平成30年10月15日に控訴人を退職しました。
 本件は、控訴人が、被控訴人に対し、特許権に係る各発明(本件各発明)は、かつて控訴人の従業員であった被控訴人代表者が、控訴人の従業員であった当時に完成させた職務発明であって、控訴人が特許を受ける権利を有しているにもかかわらず、被控訴人代表者が控訴人を退職した後に、被控訴人が出願して特許を受けたものであるとして、特許法74条1項に基づき、本件各特許権の各移転登録を求める事案です。
 
 

2 知財高裁の判断


 知財地裁は、問題となった本件各発明の完成時期について、以下のとおり認定した。
 「本件各発明が完成したのは平成30年5月頃ということになる」
 その上で、同時点で控訴人に適用される規則を以下のとおり認定した。
 「証拠(乙1)によると、同年5月時点において、控訴人には就業規則『平成25年4月1日施行』が存在しており、職務発明について次のとおり規定されていた。
 『第84条 社員が自己の現在又は過去における職務に関連して発明、考案をした場合、会社の要求があれば、特許法、実用新案法、意匠法等により特許、登録を受ける権利又はその他の権利は、発明者及び会社が協議のうえ定めた額を会社が発明者である社員に支払うことにより、会社に譲渡又は継承されるものとする。』
 上記規定からすると、平成30年5月頃、控訴人とその従業員との間には、職務発明について、控訴人の要求があるときに、控訴人が発明者である従業員に対し、協議して定めた額の金員を支払うことにより、特許を受ける権利が発明者から控訴人に移転する旨の合意があったものと認めるのが相当であり、控訴人とその従業員の間に、職務発明についての特許を受ける権利を、控訴人が原始取得する旨の合意があったと認めることはできない。」
 以上のとおり、裁判所は、その他の控訴人の主張も排斥し、結果、特許を受ける権利は、控訴人が原始取得しているとは認められず、控訴人の請求は棄却されました。


3 本裁判例から学ぶこと


 本件では、会社に在職中の職務発明であっても、会社が同発明について特許を受ける権利を取得したとは認定されませんでした。それはなぜでしょうか?職務発明を会社帰属にするには、特許を受ける権利に関する法制度をきちんと理解して、会社として社内整備をする必要があります。

⑴ 特許を受ける権利に関する法制度

 会社に所属する発明者が、発明をした場合、原則、特許を受ける権利は、原始的に発明者に帰属します(特許法29条1項柱書)。そして、職務発明規程等の規則によって、その原則を修正することができ、職務発明は、会社に原始帰属するように定めたり、会社が予約承継するように定めたりすることが可能となります(特許法35条2項反対)。このように、社内規定を法要件に即して整備することで、会社は従業員がした職務発明の特許を受ける権利を取得することができます。
 

⑵ 本件から学ぶこと

 本件では、職務発明規程等によって、職務発明は、会社に原始帰属するように定めたり、会社が予約承継するように定めたりすることがされていなかったので、特許を受ける権利が会社帰属であるとは認定されませんでした。
 従業員等がした発明が会社に権利帰属しないことは、事業遂行にあたって大きなリスクになりますので、職務発明規程において、特許を受ける権利が会社に原始帰属するように定めたり、会社が予約承継するように定めたりすることが、肝要となります。特に、事業の成功が、技術・知財によって左右されるような技術ベンチャーであれば、同規定の整備は必須と言えるでしょう。


以上

 

※「THE INDEPENDENTS」2023年9月号 P.11より
※掲載時点での情報です
 

 
  弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】
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