「M&Aとスタートアップ」
インデペンデンツクラブ代表理事 秦 信行 氏 早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)。野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学名誉教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。2019年7月よりインデペンデンツクラブ代表理事に就任。 |
日本のM&A(Mergers and Acquisitions=合併と買収)が活発化しているようだ。
去る8月15日(火)の日経新聞によると、2023年上期での日本企業のM&Aは総額で約10兆8000億円と前年同期比2割弱増加したとある(金融調査会社リフィニティブ調べ)。中でも、「イン・イン型」と呼ばれる日本企業同士のM&Aは件数ベースで3%増、金額では約6兆8000億円と前年同期比80%増加したとある(同じくリフィニティブ調べ)。背景には株価の底上げに向けて相乗効果を期待する国内での事業再編の活発化があるという。
ご存知の方も多いと思うが、日本でのM&Aは2000年頃までは余り活発ではなかった。そのことについてはドイツの社会学者テンニースが提唱した共同体の在り方であるゲゼルシャフトとゲマインシャフトの違いで説明されたりしてきた。すなわち、日本企業の多くは地縁や血縁に基づいて成立している集団であるゲマインシャフトであって、特定の目的のための機能集団であるゲゼルシャフトではないからだという。つまりゲマインシャフトである日本企業は他の集団と交わることを嫌うのだというのだ。
そうした側面があったことは何となく分かるが、2000年以降の在り方は急激に変わって来てはいる。とはいえ、ここ10年位の日本のトヨタ自動車など大企業のM&Aは年間数件程度であり、年間10件を超えるGAFAMなどのM&A件数と比べると少ない。
また、ここ10年位の日米VCファンドの資金回収状況を見ると、日本の場合、依然IPOによる資金回収が主であることに変わりがない。VEC『ベンチャー白書』によって日本の投資回収状況のデータを見ると、そこには日本の場合投資先の「償却・清算」や「会社経営者等による買戻し」なども入っているが、「M&A」と「株式公開」だけの年間件数を比較すると、毎年「株式公開」は「M&A」の倍程度の件数となっている。
一方米国の状況をNVCAの“FACTBOOK”で見ると、ここ10年位件数ベースでM&Aが90%以上と圧倒的な比率となっている。2010年以前は、株式市場が良好な年にはIPOが、そうでない年はM&Aが優勢になるといった状況だったように記憶するが、ここ10年間の米国VCファンドの資金回収はもっぱらM&Aに傾いている。その背景には2012年に成立したJOBS法によってIPOのコストが上がったことにあったように思うが定かではない。
いずれにしても現状米国では、ここ10年位、VCが投資し成長する新興企業の多くはより資金力のある企業に買われ、その時点で売却した企業の起業家が獲得した資金でシリアル・アントレプレナー(継続起業家)として次のスタートアップを興すか、買収企業の子会社の経営者として更なる成長発展を目指し買収企業の経営に貢献するか、といった道を辿っているようなのだ。
昨年、ご存知のように日本では政府が「スタートアップ育成5か年計画」を公表、スタートアップへの資金供給額を8000億円から5年で10兆円に拡大するという意欲的な計画を打ち出している。この計画実現のためにも、米国のようにスタートアップへのM&Aが更に拡大していくことを望みたい。
※冊子掲載時点での情報です