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「バイオベンチャーの現状と将来への期待」

 <特別レポート>

2023年7月3日 インデペンデンツクラブ月例会
@ エムキューブ (新丸の内ビルディング 10F)
+ Zoom ウェビナー配信

以下のテーマについてディスカッションを行っていただいた内容をお届けします。

「バイオベンチャーの現状と将来への期待」 

■パネリスト

   
栗原 哲也 氏
NLSパートナーズ株式会社 ・ 新生キャピタルパートナーズ株式会社
パートナー
2009年 日興シティグループ証券(現 シティグループ証券)入社。
投資銀行本部にてヘルスケア業界を担当、同業界のM&Aや資金調達支援に従事。
2012年 バイエル薬品入社。
CVC投資やベンチャーインキュベーション、アカデミアとの産学連携を担当。
2019年 新生キャピタルパートナーズ入社。東京大学農学部卒。

  <モデレータ> 秦 信行
特定非営利活動法人
インデペンデンツクラブ 代表理事
事業創造大学院大学 教授

 

秦:本日は6月に『バイオベンチャーがこれから成長するために必要な8つの話』(PHPエディターズグループ)という本を出されたベンチャーキャピタリスト栗原哲也氏にお越し頂き、バイオベンチャーについてお話し頂く。最初に自己紹介も兼ねて創薬業界の特徴やバイオベンチャー投資の現状について基本的なところをお話し頂きたい。
 
栗原:私は2009年に東大農学部を卒業、創薬会社の求人が少なかったこともありシティグループ証券に入社、M&Aを担当し、その後2012年にドイツの製薬会社バイエルに移り、2019年に現在の新生キャピタルパートナー(SCP)に転職した。
 創薬業界の第1の特徴は薬が出来るまでの時間が長いことだ。創薬開発は基礎研究で薬になる物質見つけ、次に動物に投与する、それが非臨床試験で、次の臨床試験で人間に投与する。臨床試験は3段階に分かれる。第1相で健康な人に投与し安全性を確認、第2相で少数の患者に投与して薬効を確認した後、第3相で多くの患者に投与、その後申請して薬として承認され薬価が決まり製造・販売に至る。基礎研究からの時間は9~17年に及ぶ。
 創薬業界の2つ目の特徴は、ITのようにマーケティングリスクがない代わりに開発リスクが高い点だ。基礎研究で物質を見つけてから薬になる確率は3万分の1、臨床試験まで行くのが1000分の1、3段階の臨床試験に入って薬になるのが10分の1だと言われている。
 とはいえ薬として承認されると小野製薬の抗癌剤オプジーボのように、国内売上約1500億円、グローバルには1兆円といった巨額の売上を上げることが出来る。
 VC投資を見ると、日米ともバイオとITが2大投資領域となっている。米国のバイオとITの投資倍率(投資リターン)を見ると、実は1990年代以降平均的にはバイオの方が高い結果となっている。但し、ITでは大ホームラン投資があるが、残念ながらバイオにはそれがない。
日米のVC投資を比較すると、投資金額には大きな差がある。VC全体の年間投資額を見ると日本は米国の60分の1、バイオ領域だけだと米国の100分の1に過ぎない。
秦:基礎研究からの開発投資額はどれくらいかかるのか。
 
栗原:薬によってかなりの違いがある。患者の多い薬では基礎研究から上市まで数千億円かかるが、希少疾患薬となると数十億で済む場合もある。

 

秦:本にも書かれているが、創薬の世界の「2010年問題」とは何か。
 
栗原:20世紀末以降ファイザーなどのメガファーマは大型の創薬を相次いで開発してきた。「2010年問題」とはそれら多くの大型薬の特許(期限20年)が2010年前後に切れる問題だ。特許切れになるとジェネリック薬が出てメガファーマは売上の約9割を失う。
 同時に創薬開発投資効率の低下の問題がある。かつては10億ドルの開発費で50品目以上の薬が開発できたのが、今や1品目生まれるかどうかにまで低下している。つまり、現状メガファーマの自前での創薬開発力が弱体化し外部の力を借りざるを得なくなっているのだ。そこに出て来たのがメガファーマや大学などの研究者が独立し、投資家の支援を得て研究者達が作るバイオベンチャーなのだ。最近は新薬の70%位はバイオベンチャーの開発になっている。
 バイオベンチャーと言えば2012年創業のモデルナが有名だが、実はファイザーのワクチンも元々はビオンテックというバイオベンチャーが開発した薬なのだ。
 
 
秦:日本のバイオベンチャーの状況はどうか、加えてその評価も聴きたい。
 
栗原:先ず言えることは日本の創薬開発力は世界でも高いという点だ。科学雑誌ネイチャーによると研究開発力は少し低下しているとはいえ世界で5位、医薬分野のノーベル賞受賞者もここ数年で4人と多い。加えて市場が世界第3位と大きく、創薬開発・承認制度も整っている。
 近年日本でも大手製薬会社から外に出る優秀な研究者等が増えている。VC投資額も確かにまだ小さいが、ここ数年倍々で増えている。加えて海外からの資金流入も増加し、政府も2022年をスタートアップ創出元年と位置付け育成支援の拡大を謳っている。また、製薬会社出身のキャピタリストも同時に増えており、結果として質の高いバイオベンチャーも増加している。日米の格差は今後縮小していくと考えている。
 
 
秦:今後日本の創薬開発において特に期待できる創薬分野はあるのか。
 
栗原:特にと言うことになるとなさそうだが、一つ上げるとすると本庶先生のオプジーボがそうであるように、免疫分野については日本は強いように思う。

 

海外投資家の資金流入の話をされたが、具体的な事例はないのか。
 
栗原:世界最大のバイオVCである米国のアーチ、彼らは現在3000億円規模のバイオ投資ファンドを運用しているが、既に日経新聞にも出ていたように、日本が今後有望だとして日本のVCとの提携を進めていて、日本のVCの投資先に協調投資を行うようだ。
 
 
秦:日本での創薬承認プロセスや薬価について問題はないか。
 
栗原:かつて、日本はドラッグラグといってプロセスが長いといった問題があったようだが、今は解消している。薬価については、米国は自由薬価なので高い薬価が付けられるが、国民皆保険の日本は薬価が安くなる傾向はある。とはいえ、開発した薬を米国で承認申請して高い薬価となったものを日本に持ってい来るといった方法もなくはない。

 

秦:このあたりでフロアの皆様からの質問を受けたい。
 
A氏:VCの立場から日米のバイオベンチャーの投資環境についてどのように見ておられるか。
 
栗原:米国は非常に競争的で、日本のバイオベンチャーでも良質で将来性あるベンチャーなら上場し易いし投資家もいるので、米国で上場することの意味はあると思う。ただ、ここのところの米国景気の問題もあり、若干厳しくなっている。日本の場合、株式市場でバイオについての上場要件を整備したのは良いのだが、その基準のクリアを目標にしているような企業もあって、今まで上場後の企業成長にかなり問題があったが、その点も改善されつつある。

 

B氏:日本の大学発バイオベンチャーは将来どういった学部から出て来るのか。
 
栗原:医学部、理学部、農学部、医療機器では工学部も絡んで様々なところから出て来ると思う。大学発ベンチャー全体の30%位がヘルスケアでその半分位がバイオベンチャーと言えるだろう。米国の大学発バイオベンチャーは大学が限られているが、日本の場合は全国各地の大学から出て来ている。ただ、情報格差がある様でその点の改善が求められる。
※「THE INDEPENDENTS」2023年8月号 P.8- P.9より
※冊子掲載時点での情報です