「10年続いていること」
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インデペンデンツクラブ代表理事
秦 信行 氏
早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)。野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学名誉教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。2019年7月よりインデペンデンツクラブ代表理事に就任。
「10年続いていることは、意味があるなしに関わらずすぐに止めるべきだ。」これは昔、筆者が企業に勤めていた頃、ある上司がしばしば言っていた言葉である。
この言葉を聴いた若い頃の筆者は、「何を乱暴なことを言っているんだろう、意味のあることなら止めることはない、続けた方が良いに決まっている」と思っていた。ただ、年齢を重ねた今この言葉を考えてみると、あながち間違ってはいないのではないかと思うようになった。時代は変化する、特に最近はその変化が激しい、10年もの間続けてきたことは、当初は意味があったとしても10年も続けている間に、気が付かない内に時代にそぐわないものになってしまっているのではないか、それならすぐに止めるべきだ、とその上司は言いたかったのではないか。
とはいえ、現実に今まで上手く行っていることを急に止めるのは難しい。ましてや止めた上で新しいことを始めるのはもっと難しい。では、どうしたら止めることが出来るのか、更にはどうしたら止めた上で新しいことを始められるのか。
残念ながら現在の日本社会、中でも日本経済は時代の変化に追いつけず、故に苦しい状態に陥っているように思われる。終戦から約40年、1980年代終盤までの昭和の時代は、敗戦によって失われたものを取り戻すために、キャッチアップを旗印に欧米経済を目標に必死に追いつこうとしていた。しかし、世界第2位の経済大国となりやっとキャッチアップしたと思われた時期以降は、明確に目指すべき目標がなくなり時代の変化についていけなくなったということなのだろうか。
第二次大戦の敗北は否が応でも大きな変化を日本が受け入れざるを得ない状態を生んだ。敗戦国として外から示された大きな変化に抗うことは難しかった。故に変わることが出来た。
その約80年前、大きな変化を遂げた明治維新はどうだったか。明治維新は、ご存知のように欧米列強による植民地化の脅威に晒されていたとはいえ、日本の外から命じられた大きな変化ではなかった。筆者は歴史家ではないので詳しいことは分からないが、明治維新は日本独自に起こした大きな変化・変革だったと思う。王政復古に続き東京奠都、廃藩置県、徴兵令、地租改正、秩禄処分等々と続く一連の改革は驚くべき速さで行われたように見える。
これらの改革で、武士は失業することになった。人口の5%程度であったとはいえ、また秩禄に代わる公債をもらえたとはいえ、身分が無くなることを武士たちはどう思っていたのであろうか。
改革に対しては反対運動もあったが、国を揺るがすような反対運動、反乱は西南の役を除けばなかったように思う。では、明治維新の大きな変化は何故比較的スムーズに成し遂げられたのか。余程の危機感が当時日本全体にあったのか。歴史の専門家でない筆者には残念ながら答えられない。もし、お分かりの方がおられればお教え願いたい。
少し話が大きくなりすぎたのかもしれない。筆者は、現状の日本は取り敢えず大きく変わる必要があると考えている。しかし、なかなか変われない現実が続いている。この際、このコラムの最初に書いたかつての筆者の上司の言に従って、四の五の言わず、理屈は抜きにして、長く続きてきたことを止めて新しいことを始めてみてはどうだろうか。確かに乱暴かも知れないが、もしかしたらそこに光明を見出すことが出来るかもしれない。
※「THE INDEPENDENTS」2023年3月号 掲載
※冊子掲載時点での情報です