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「特許権侵害について取締役の個人責任(善管注意義務違反)が肯定された事例」

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弁護士法人 内田・鮫島法律事務所
弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。

【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】
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大阪地裁令和3年9月28日判決〔二酸化炭素含有粘性組成物事件〕

1 事案

本件は、発明の名称を「二酸化炭素含有粘性組成物」とする特許の特許権者であった原告が、各被告製品の製造販売等を行った訴外2社の代表取締役、取締役であった被告らに対し、本件各特許権が侵害され損害を受けたとして、主位的に、被告ら全員に対し、会社法429条1項に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払を求め、予備的に、代表取締役であった被告P1及び被告P3に対し、民法709条に基づく損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた事案です。

2 大阪地裁の判断

 大阪地裁は、特許権侵害を認定した後、取締役の責任(会社法429条第1項)の判断枠組みについて、以下のとおり判示しました。
(1)判断枠組み
「法人の代表者等が、法人の業務として第三者の特許権を侵害する行為を行った場合、第三者の排他的権利を侵害する不法行為を行ったものとして、法人は第三者に対し損害賠償債務を負担すると共に、当該行為者が罰せられるほか、法人自身も刑罰の対象となる(特許法196条、196条の2、201条)。 したがって、会社の取締役は、その善管注意義務の内容として、会社が第三者の特許権侵害となる行為に及ぶことを主導してはならず、また他の取締役の業務執行を監視して、会社がそのような行為に及ぶことのないよう注意すべき義務を負うということができる。
 他方、特許権者と被疑侵害者との間で特許権侵害の成否や特許の有効無効について厳しく意見が対立し、双方が一定の論拠をもって自説を主張する場合には、特許庁あるいは裁判所の手続を経て、侵害の成否又は特許の有効性についての公権的判断が確定するまでに、一定の時間を要することがある。  このような場合に、特許権者が被疑侵害者に特許権侵害を通告したからといって、被疑侵害者の立場で、いかなる場合であっても、その一事をもって当然に実施行為を停止すべきであるということはできないし、逆に、被疑侵害者の側に、非侵害又は特許の無効を主張する一定の論拠があるからといって、実施行為を継続することが当然に許容されることにもならない。
 自社の行為が第三者の特許権侵害となる可能性のあることを指摘された取締役としては、侵害の成否又は権利の有効性についての自社の論拠及び相手方の論拠を慎重に検討した上で、前述のとおり、侵害の成否または権利の有効性については、公権的判断が確定するまではいずれとも決しない場合があること、その判断が自社に有利に確定するとは限らないこと、正常な経済活動を理由なく停止すべきではないが、第三者の権利を侵害して損害賠償債務を負担する事態は可及的に回避すべきであり、仮に侵害となる場合であっても、負担する損害賠償債務は可及的に抑制すべきこと等を総合的に考慮しつつ、当該事案において最も適切な経営判断を行うべきこととなり、それが取締役としての善管注意義務の内容をなすと考えられる。
 具体的には、〈1〉非侵害又は無効の判断が得られる蓋然性を考慮して、実施行為を停止し、あるいは製品の構造、構成等を変更する、〈2〉相手方との間で、非侵害又は無効についての自社の主張を反映した料率を定め、使用料を支払って実施行為を継続する、〈3〉暫定的合意により実施行為を停止し、非侵害又は無効の判断が確定すれば、その間の補償が得られるようにする、〈4〉実施行為を継続しつつ、損害賠償相当額を利益より留保するなどして、侵害かつ有効の判断が確定した場合には直ちに補償を行い、自社が損害賠償債務を実質的には負担しないようにする など、いくつかの方法が考えられるのであって、それぞれの事案の特質に応じ、取締役の行った経営判断が適切であったかを検討すべきことになる。」
(2)本件の判断
被告P1は、弁理士から非侵害であると言われたこと、弁護士から原告の特許権は冒認出願で無効であると言われたこと、平成14年から平成23年まで原告から警告を受けなかったこと、弁護士から原告の特許発明は作用効果を奏せず進歩性を欠くと言われたこと、などの事情をもって、被告P1において取締役として求められる調査義務を尽くし、妥当な根拠に基づいた合理的な判断をした旨を主張したが、大阪地裁は、以下のとおり判断しました。
「前記アで認定した事実、及び前記イで被告P1の主張について判断したところを総合すると、被告P1が、各被告製品の製造販売が本件各特許権の侵害にならない、あるいは本件各特許は無効であると主張した点について十分な論拠があったということはできず、むしろ特許制度の基本的な内容に対する無理解の故に、ネオケミア特許の実施品であれば本件各特許権の侵害にはならないと誤解して各被告製品の製造販売を続け、取引先にもそのように説明したものである。
 前述のとおり、特許権侵害の成否、権利の有効無効については、公権力のある判断が確定するまでは軽々に決し得ない場合があり、自社に不利な判断が確定する場合もあるのであるから、取締役にはそれを前提とした経営判断をすべきことが求められ、前記(1)の〈1〉ないし〈4〉で述べたような方法をとることで、特許権侵害に及び、自社に損害賠償債務を負担させることを可及的に回避することは可能であるにも関わらず、被告P1はそのいずれの方法をとることもせず、各被告製品の製造販売を継続している。さらに、別件判決(甲5)によれば、ネオケミアは各被告製品の販売により相応の利益を得ていたのであるから、特許権侵害となった場合の賠償相当額を留保するなどして、別件判決確定後に損害を遅滞なく填補すれば、ネオケミアに損害賠償債務を確定的に負担させないようにすることも可能であったのに、被告P1は任意での賠償を行わず、ネオケミアを債務超過の状態としたまま、破産手続開始の申立てを行ったものである。
 以上を総合すると、被告P1が、本件各特許が登録されたことを知りながら、特段の方法をとることなく各被告製品の製造販売を継続したことは、ネオケミアの取締役としての善管注意義務に違反するものであり、被告P1は、その前提となる事情をすべて認識しながら、ネオケミアの業務としてこれを行ったのであるから、その善管注意義務違反は、悪意によるものと評価するのが相当である。」と判断し、取締役の善管注意義務違反が悪意によるものと判断しました。

3 本裁判例から学ぶこと

会社法上の取締役の責任は、「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。」(会社法第429条第1項)と規定されています。
この取締役の責任は、経営判断の原則(行為当時の状況に照らして、合理的な情報収集、調査や検討等が行われたか、また取締役に要求される能力水準に応じ不合理な判断がなされなかったか否かを基準とする原則)に即して判断されると言われていますが、本件では、特許権侵害の場合には、上記のとおり、取締役が取り得る具体的な〈1〉~〈4〉の措置が挙げられた点が、参考になります。
先例としては、知財高裁平成30年6月19日〔生海苔異物分離除去装置における生海苔の共回り防止装置事件〕が、裁判所により特許権侵害が認められ製品販売の差止の仮処分決定が出された後に、製品販売を中止しなかった行為について、取締役の責任を肯定した事例がありました。
これに対して、本件は、裁判所の判断が出される前の行為についても、取締役が、弁護士や弁理士などの一定の専門家の意見に従って行動しただけでは足りず、上記〈1〉~〈4〉の措置を採らなかったことを理由として、取締役の責任を肯定しています。
本件は、取締役が、会社を破産させた特殊事情もあり、どこまで一般化できるかという点には、疑問は残るものの、取締役の責任を考える上で、参考になる事例といえます。
                                           以上
※「THE INDEPENDENTS」2022年8月号 P11より
※掲載時点での情報です

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