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「「マツモトキヨシ」なる音商標が、商標法4条1項8号の「他人の氏名」を含む商標に当たらないと判断された事例」

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弁護士法人 内田・鮫島法律事務所
弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。

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知財高裁令和3年8月30日判決

〔マツモトキヨシ事件〕


1 事案

 本願商標は、下記五線譜に表された音楽的要素及び「マツモトキヨシ」とのカタカナで記載された言語的要素からなる音商標です。



 商標法4条1項8号は、「他人の氏名…を含む商標は、その他人の承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができない」と規定しているところ、特許庁は、審査及び審判において、「マツモトキヨシ」は、「他人の氏名」「を含む商標」であるとして、本願商標は、商標法4条1項8号に該当するので登録を受けることができないと判断しました。
 本件は、原告が、特許庁の審決に不服があるとして提起した審決取消訴訟です。

2 知財高裁の判断

⑴ 商標法4条1項8号の「他人の氏名」を含む商標に当たるかの判断基準
 知財高裁は、商標法4条1項8号の「他人の氏名」を含む商標に当たるかの判断基準について、以下のとおり判示しました。
 「商標法4条1項8号が、他人の肖像又は他人の氏名、名称、著名な略称等を含む商標は、その承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができないと規定した趣旨は、人は、自らの承諾なしに、その氏名、名称等を商標に使われることがないという人格的利益を保護することにあるものと解される(最高裁平成15年(行ヒ)第265号同16年6月8日第三小法廷判決・裁判集民事214号373頁、最高裁平成16年(行ヒ)第343号同17年7月22日第二小法廷判決・裁判集民事217号595頁参照)。
 このような同号の趣旨に照らせば、音商標を構成する音が、一般に人の氏名を指し示すものとして認識される場合には、当該音商標は、「他人の氏名」を含む商標として、その承諾を得ているものを除き、同号により商標登録を受けることができないと解される。
 また、同号は、出願人の商標登録を受ける利益と他人の氏名、名称等に係る人格的利益の調整を図る趣旨の規定であり、音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても、当該音が一般に人の氏名を指し示すものとして認識されない場合にまで、他人の氏名に係る人格的利益を常に優先させることを規定したものと解することはできない。
 そうすると、音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても、取引の実情に照らし、商標登録出願時において、音商標に接した者が、普通は、音商標を構成する音から人の氏名を連想、想起するものと認められないときは、当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものといえないから、当該音商標は、同号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできないというべきである。」

⑵ 事案へのあてはめ
 知財高裁は、事案へのあてはめとして、以下のとおり判示しました。
「・・・本願商標に関する取引の実情として、「マツモトキヨシ」の表示は、本願商標の出願当時(出願日平成29年1月30日)、ドラッグストア「マツモトキヨシ」の店名や株式会社マツモトキヨシ、原告又は原告のグループ会社を示すものとして全国的に著名であったこと、「マツモトキヨシ」という言語的要素を含む本願商標と同一又は類似の音は、テレビコマーシャル及びドラッグストア「マツモトキヨシ」の各小売店の店舗内において使用された結果、ドラッグストア「マツモトキヨシ」の広告宣伝(CMソングのフレーズ)として広く知られていたことが認められる。
・・・本願商標の登録出願当時(出願日平成29年1月30日)、本願商標に接した者が、本願商標の構成中の「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音から、通常、容易に連想、想起するのは、ドラッグストアの店名としての「マツモトキヨシ」、企業名としての株式会社マツモトキヨシ、原告又は原告のグループ会社であって、普通は、「マツモトキヨシ」と読まれる「松本清」、「松本潔」、「松本清司」等の人の氏名を連想、想起するものと認められないから、当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものとはいえない。
 したがって、本願商標は、商標法4条1項8号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできないというべきである。」

⑶ 結論
 知財高裁は、結論として、「本願商標は商標法4条1項8号に該当するとした本件審決の判断に誤りがあるから、原告主張の取消事由は理由がある。」として、本件審決の取消判決をしました。

3 本裁判例から学ぶこと

 商標法4条1項8号は、「他人の氏名…を含む商標は、その他人の承諾を得ているものを除き、商標登録を受けることができない」と規定しているところ、同規定を厳格に運用すると、通常、同一氏名の人物が多数存在し、その全員の「承諾」を得ることが困難であるので、「他人の氏名を含む商標」は、そのほとんどが登録できないことになります。 この点について、従来、以下のような登録例存在し、特許庁の運用は、必ずしも安定したものではなかったと言えます。
【従前の登録例】
 「たかの友梨」(商標登録番号第4650745号)、「ISSEY MIYAKE」(商標登録番号第4810546号)
 本件では、裁判所は、「音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても、当該音が一般に人の氏名を指し示すものとして認識されない場合にまで、他人の氏名に係る人格的利益を常に優先させることを規定したものと解することはできない。」と判断基準を示し、具体的に「本願商標の構成中の「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音から、通常、容易に連想、想起するのは、ドラッグストアの店名としての「マツモトキヨシ」…であって、普通は、「マツモトキヨシ」と読まれる「松本清」、「松本潔」、「松本清司」等の人の氏名を連想、想起するものと認められない」と判断しました。
 同判決によれば、人の氏名を含む商標であっても、商標が一定の周知性を獲得する等により、需要者が同商標から想起するのは店名・会社名等であって、人名を想起しない場合は、商標法4条1項8号に該当しないことが明らかになりました。
本件は、商標出願を検討する際に、参考になる裁判例といえます。
                                            以上
※「THE INDEPENDENTS」2022年6月号 P16より
※掲載時点での情報です

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