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「退職社員が競合企業に転職したケースにおいて、競業禁止に関する合意の効力が争われた事例」

公開


弁護士法人 内田・鮫島法律事務所
弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。

【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】
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TEL:03-5561-8550(代表)
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知財高裁令和元年8月7日判決

〔マツエクサロン事件〕その2


1 事案

 本件は、東京都A市内でまつげエクステサロンを営む控訴人が、元従業員である被控訴人が、控訴人を退職後に同市内のまつげエクステサロンで就労したことは、被控訴人と控訴人の間の競業禁止の合意に反し、また、控訴人の営業秘密に当たる控訴人の顧客2名の施術履歴を取得したことは不正競争行為(不正競争防止法2条1項4号、5号又は8号)に当たるとして、被控訴人に対し、主位的には上記合意、予備的には不正競争防止法に基づき、退職後2年間の同市内におけるアイリスト業務への従事の差止めを求めた事案です。
 原判決は、控訴人の請求をいずれも棄却したため、これを不服とする控訴人が控訴しました。
本件では、以下の誓約書や就業規則が存在したところ、これらに基づく合意の効力が争われたので、本件では、競業制限の合意の効力について紹介します。

2 知財高裁の判断

 知財高裁は、まず、退職者の競業制限の一般論について、以下のように判示しました。 「退職者に対する競業の制限(以下「競業制限」という。)は、退職者の職業選択の自由や営業の自由を制限するものであるから、個別の合意あるいは就業規則による定めがあり、かつその内容が、これによって守られるべき使用者の利益の内容・程度、退職者の在職時の地位、競業制限の範囲、代償措置の有無・内容等に照らし、合理的と認められる限り、許されるというべきである。」
 その上で、就業規則等の効力について、以下のように、判示しました。

⑴ 就業規則の効力
 「ところで、控訴人の就業規則・・・の定めは、退職する社員の地位に関わりなく、かつ無限定に競業制限を課するものであって、到底合理的な内容のものということはできないから、無効というほかはない。」

⑵ 退職時合意の効力
 「また、被控訴人が退職時に提出した「誓約・確認書」には、前述のとおり、退職後2年間、A市内の競合関係に立つ事業者に就職しないとの約束をすることはできない旨の被控訴人の留保文言が付されていたのであるから、これによって競業制限に関する合意が成立したということはできない。
 これに対し、控訴人は、控訴人が「誓約・確認書」に「この文言は、当社が指定した書式ではないので、無効。会社記載文言のみ有効。また、既に入社時誓約書に記載もあるので、そちらの誓約書を根拠とすることも可能。」と記載してその旨説明し、被控訴人も「わかりました」と述べたものであるから、「誓約・確認書」の不動文字のとおりの合意が成立したと主張するが、控訴人の主張する事実を裏付ける的確な証拠はないし、仮に、このような事実があったとしても、これにより「誓約・確認書」の不動文字どおりの合意が成立したと解することはできない。」

⑶ 入社時合意の効力
 「ア 控訴人は、入社時合意について、被控訴人が、退職後2年間、A市内でアイリスト業務に従事することを禁止したものであると主張するから、入社時合意の効力が問題となる。
 イ 入社時誓約書には、〈1〉被控訴人は、退職後2年間は、在職中に知り得た秘密情報を利用して、A市内において競業行為は行わないこと(13項)、〈2〉秘密情報とは、在籍中に従事した業務において知り得た控訴人が秘密として管理している経営上重要な情報(経営に関する情報、営業に関する情報、技術に関する情報…顧客に関する情報等で会社が指定した情報)であること(10項)、〈3〉被控訴人は、秘密情報が控訴人に帰属することを確認し、控訴人に対して秘密情報が被控訴人に帰属する旨の主張をしないこと(12項)が記載されている(甲3)。
 そこで、「秘密情報」の意義が問題となるが、上記入社時誓約書の記載によれば、入社時合意における「秘密情報」とは「秘密として管理」された情報であることを要することが理解できる。
 ・・・(中略)・・・
 以上によれば、入社時合意は、被控訴人が、退職後2年間は、在職中に知り得た「秘密情報」を利用して、A市内において他のまつげエクステサロンの経営をせず、他のまつげエクステサロンにおけるアイリスト業務に従事しない旨の合意であり、ここにいう「秘密情報」とは秘密管理性を有する情報であることを要するものと解される。
 ウ 被控訴人は、入社時合意は被控訴人の職業選択の自由及び営業の自由を不当に制限するものであって無効であると主張する。
 しかし、上記イのとおり、入社時合意は、2年という期間とA市内という場所に限定した上で、秘密管理性を有する情報を利用した競業行為のみを制限するものと解されるから、職業選択の自由及び営業の自由を不当に制限するものではなく、その制限が合理性を欠くものであるということはできない。
 よって、被控訴人の主張は採用できない。」

3 本裁判例から学ぶこと

 本件では、就業規則の効力と、入社時合意の効力は、裁判所の判断が分かれました。
就業規則については、「退職する社員の地位に関わりなく、かつ無限定に競業制限を課するもの」として、無効と判断されたのに対して、入社時合意については、「2年という期間とA市内という場所に限定した上で、秘密管理性を有する情報を利用した競業行為のみを制限するもの」であるので、有効と判断されました。
 企業活動として、従業者に一定の競業制限を課したい場合もあると思いますが、競業制限は憲法上の権利(職業選択の自由や営業の自由)との関係を考慮する必要があり、本件判決のように、限定的な内容とすることが求められます。  競業制限の方法としては、本件のように、期間、場所、営業秘密を利用した行為に限定する他、地位により制限の程度を変更する方法や、代替措置(金銭の支払等)を講ずる方法もありえるところです。
 本件は、就業規則、入退社時の誓約書の作成に参考になる事例と言えます。
以上

(本件は、入社時合意の効力は有効としつつも,被控訴人が、持ち出した施術情報は「秘密情報」に該当しないとして,合意違反は認められない、という結論になっています。)

※「THE INDEPENDENTS」2022年4月号 P20より
※掲載時点での情報です


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