「超小型陽子線がん治療装置の開発」
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<話し手>
<代表取締役 古川 卓司 氏 略歴>
生年月日:1978年2月4日
出身高校:渋谷幕張高校
2004年千葉大学大学院博士(理学)取得、在学中に放医研に入所。粒子線がん治療システムの設計・開発、並びに運用に携わる。スキャニング照射を用いた呼吸同期照射の開発に世界で初めて成功し、2012年文部科学大臣表彰科学技術賞を受賞。2017年当社設立、代表取締役就任。
【株式会社ビードットメディカル】
設 立:2017年3月1日
資本金:187,500千円
株 主:経営陣、事業会社、VCほか
所在地:東京都江戸川区春江町5丁目10-10
事業内容:陽子線がん治療装置の製造販売
粒子線がん治療に関わるコンサルティング等
業 績:N.A
従業員:46名
<聞き手>
弁護士法人内田・鮫島法律事務所
弁護士 鮫島 正洋氏(右)
1963年1月8日生。神奈川県立横浜翠嵐高校卒業。
1985年3月東京工業大学金属工学科卒業。
1985年4月藤倉電線(株)(現・フジクラ)入社〜電線材料の開発等に従事。
1991年11月弁理士試験合格。1992年3月日本アイ・ビー・エム(株)〜知的財産マネジメントに従事。
1996年11月司法試験合格。1999年4月弁護士登録(51期)。
2004年7月内田・鮫島法律事務所開設〜現在に至る。
鮫島正洋の知財インタビュー
超小型陽子線がん治療装置の開発
鮫島:貴社の開発された陽子線がん治療装置は、従来の大型装置に比べてかなり小さくなっているのが特徴的です。
古川:一般的な陽子線治療装置は「大型」「円形」です。患者周りを巨大な電磁石が回転し、陽子線を360度の方向から照射するという構造で、高さが約10メートルもあります。それに対して、当社の装置は従来比1/3程度の大きさです。陽子線を強力な磁場で曲げ、任意の角度から照射するという画期的な独自技術により、高さ約4メートル、重さも従来比1/10という大幅な小型化を実現しました。その結果、従来は導入には専用の建屋が必要であったのに比べ、当社装置は一般的なX線治療室に収まります。鮫島:陽子線治療装置といえば一般的に高価です。貴社のものはどのくらい費用がかかるものでしょうか。
古川:20億円程度での販売を考えています。陽子線治療装置は1台50億円前後が相場で、初期コストの高さが導入の妨げになっていました。当社は、およそ半分の価格で販売することで、病院側の導入ハードルを下げようとしています。鮫島:がん治療の分野では陽子線治療の有用性について、すでに一般的になっているのでしょうか。
古川:放射線治療業界では優れた治療法であると認知されていますが、世間ではまだ一般的とは言えません。装置の大きさや高さを理由に、病院が陽子線治療を導入するにはかなりのコストがかかり、施設数が大変少ないことが原因です。日本にはX線治療を受けられる病院が800程ありますが、一方で陽子線治療を受けられる病院は全国でわずか18施設に留まっており、陽子線治療はごく一部の患者さましか受けられていない治療法です。鮫島:X線治療に比べ、陽子線治療はどのような点で優れているのでしょうか。
古川:腫瘍周辺の正常組織へのダメージを低減し、副作用を低く抑えられる点が優れています。X線の場合、エネルギーが体表面付近で最大になり、徐々にその威力が弱くなるのに対し、陽子線はエネルギーが最大になる深さをコントロールできるため、腫瘍に集中して照射することができます。この特性を活かし、陽子線治療では腫瘍の前後にある正常な組織や臓器には極力放射線を当てないようにすることで、副作用や二次がんの発生率を抑えることができます。また、近年では生存率においてもX線治療に比べて高い臨床成績を収めており、陽子線治療の有用性が確認されています。鮫島:がん患者は年々増加しており、国民の高齢化に伴って、非侵襲的で患者のQOLを下げない放射線治療のニーズは高まっています。貴社の陽子線治療装置に有望性を強く感じます。
古川:社会からの陽子線治療に対するニーズは高まってきていると感じています。働き世代のがん患者数も増えており、働きながら治療できる陽子線治療は、患者さまにとって魅力的な選択肢になると思います。病院側も、このニーズの高まりに応えるタイミングが早晩来ると考えているのではないでしょうか。鮫島:貴社は小型化によるコストダウンを実現されただけではなく、陽子線を自由に曲げるという高度な技術を持っておられます。まさに他社が真似できないイノベーションポイントです。
古川:当社は放射線医学総合研究所発のスタートアップで、もともと装置設計からものづくり、臨床現場での運用まですべてを経験しているメンバーが集まっています。私自身、大学時代や放医研に入所時代から今に至るまでかれこれ20年間、研究開発やシステムの臨床運用に取り組んできました。臨床現場のニーズを的確に汲み取り、これまでにない提案をしていくことで、がん治療業界にイノベーションを起こしていきます。鮫島:薬機承認に向け着実に準備されています。さらに貴社は、特許を抑えることにも余念がないです。
古川:現在は装置の原理実証を控えており、薬機申請まであと一息というところまできています。特許は、日本で16件の特許出願をすでに行っており、海外でも30件以上出願しています。超小型陽子線治療装置のキー技術となる特許はすでに国内外で権利化済みです。当社は早期から知的財産に力を入れており、社内の知財チームには博士号取得の技術者と弁理士を配置しています。社内で生まれた知的財産を適切に保護し、事業促進につなげられる体制を整えています。鮫島:ビジネスプランや、国内外への今後の事業展開についてお考えをお聞かせください。
古川:小型という最大の特徴を活かし、都市部を中心にこれまで陽子線治療の導入が困難であった地域への導入を目指しています。X線装置から当社の陽子線装置への置き換えを提案することで、陽子線治療施設を増やし、陽子線治療へのアクセス向上を図ります。また海外ではアメリカやヨーロッパ、アジアなど先進治療が進んでいる市場も狙い、2025年には国内外で売上200億円を目標に掲げて活動をしていきます。そして、陽子線治療を誰もが受けられる社会を実現するのが私たちのミッションです。いつの日か、駅前の病院にがん患者さまが朝来院し、治療を受け、午後には普通に仕事に向かわれる光景が日常になるかもしれません。鮫島:陽子線が常識になるところまでには、若干市場が追い付いていないという印象です。かつて、液晶TVの技術が完成したにもかかわらず、ブラウン管テレビの購入が主流であった時代に似ています。ビードットメディカルの装置はX線治療装置より少々高額ではあるけれども、治療効果に期待を寄せる人が増えれば、医療関係者や経営者は陽子線治療装置の導入をせざるをえない。同社タイプの陽子線治療装置では、すでにビードットメディカルいるため他社は市場に入って来られない。この期間を使いブランディングし、世界でニッチトップになってしまう戦略が期待できます。
対談後のコメント
鮫島: 陽子線の軌道をコントロールする画期的な技術によって、小型化による低価格化を図り、X線治療装置の代替需要を狙う。その技術は10件以上の特許で保護されており、参入障壁が築かれている点で、ニッチトップ型の知財戦略モデルを忠実に実行していることが印象的だった。一層の発展が期待される。
古川:今はまだ一部の患者さましか受けられていない陽子線治療を、世界中の患者さまに届けることが私たちの使命だと考えています。技術を知的財産として自分たちで守り、日本から世界に挑戦していくことで先端医療の普及を目指します。
(文責 大東理香)
―「THE INDEPENDENTS」2022年3月号 P18-19より
※冊子掲載時点での情報です