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「拡大するスタートアップの自社売却の意味」

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インデペンデンツクラブ代表理事
秦 信行 氏

早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)。野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。1994年國學院大学に移り、現在同大学名誉教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。2019年7月よりインデペンデンツクラブ代表理事に就任。



先日5月11日(火)の日経新聞に「スタートアップ 増える自社売却」という興味深い記事が掲載された。記事は、EYストラテジー・アンド・コンサルティングの青木義則氏が書かれた「コロナ禍でも堅調に推移、新興企業がけん引する国内スタートアップM&A-スタートアップM&A調査2020-」というレポートの紹介記事であった。「スタートアップM&A調査2020」は、調査会社INITIALの2021年3月22日時点のスタートアップデータベースと各種公開情報を基に青木氏等が独自に集計・分析されたものであるという。

青木氏のレポートを見ると、ここ数年で日本のスタートアップのセカンドステージとして自社売却がIPOと並ぶ選択肢に浮上してきているようだ。調査によると、過去5年の日本のIPO件数は年間90社前後で横這いの状況であるのに対して、スタートアップのM&A件数は2016年53社から増加し、2020年はコロナ禍の影響もあって2019年の95社は下回ったものの90件と高水準を持続、IPO件数と同水準になっている。

セカンドステージとして2020年にM&Aを選択したスタートアップ90社の事業業種を見ると様々なIT系が多く、企業年齢としては創業後4年未満が26社、6年未満までを入れると46社と、主として若いスタートアップが買われている。

一方、スタートアップ90社の買収企業を見ると、半分の45社が2000年以降に上場した新興企業によって買収された形になっている。また、これら買収を行った新興上場企業の買収目的を大きく事業獲得と人材、技術などのリソース獲得に分けて見ると、事業獲得が80%となっており、新規事業の創出や既存事業の強化のための買収であったことが分かる。

米国のスタートアップと言って良いVC投資先企業のエグジット、すなわちVCの資金回収手段(スタートアップのセカンドステージ)を見ると、最近は圧倒的にM&AがIPOを上回っている。背景には、エンロンなどの不祥事を防止する目的で2002年に制定されたSOX(サーベンス・オックスりー)法による上場コストの上昇によって、上場を忌避するスタートアップが増えたことがあると考えられるが、同時に、米国では上場などで資金を蓄えた起業家が更に自社をスケールさせるために有望なスタートアップをM&Aによって買収する戦略を採ることが増えたためでもあると考えられる。

それに対して日本のVC投資の状況を見ると、最近までVCの資金回収手段は基本的にはIPO(新規株式公開)であった。だが上記した青木氏等のM&A動向調査を見ると、資金回収手段は米国ほどドラスチックではないものの変化して来ているようだ。

スタートアップが自社を売却すると当然かなりの資金が起業家にももたらされる。その資金がスタートアップを売却した起業家の次の新しいビジネスを立ち上げるための資金となる一方、売却した起業家がエンジェル投資家となって別のスタートアップの育成支援のための資金にもなっていく。シリコンバレーなどで数多く見られるこうしたスタートアップ、ベンチャーの循環的な再生産構造が日本でもようやく生まれ始めたと言ったら言い過ぎであろうか。

※「THE INDEPENDENTS」2021年6月号 掲載
※冊子掲載時点での情報です