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「汎用技術をコアとするベンチャー企業の知財戦略と事業提携」

公開

<話し手>
ナノスーツ株式会社
代表取締役 針山 孝彦 氏(左)
日本のバイオミメティクスの第一人者。電子顕微鏡で生きた生物試料の観察を可能にした表面保護被膜NanoSuit®(ナノスーツ)開発者。東北大学応用情報学研究センター助手、浜松医科大学医学部助教授を経て2004年より教授。2019年当社設立、代表取締役就任。

【ナノスーツ株式会社 概要】
設 立 :2019年4月1日
所在地 :静岡県浜松市東区半田山1-20-1
資本金 :24,990千円
事業内容:NanoSuit技術の研究開発および実用化

<聞き手>
弁護士法人内田・鮫島法律事務所
弁護士 鮫島 正洋氏(右)
1963年1月8日生。神奈川県立横浜翠嵐高校卒業。
1985年3月東京工業大学金属工学科卒業。
1985年4月藤倉電線(株)(現・フジクラ)入社〜電線材料の開発等に従事。
1991年11月弁理士試験合格。1992年3月日本アイ・ビー・エム(株)〜知的財産マネジメントに従事。
1996年11月司法試験合格。1999年4月弁護士登録(51期)。
2004年7月内田・鮫島法律事務所開設〜現在に至る。

鮫島正洋の知財インタビュー

汎用技術をコアとするベンチャー企業の知財戦略と事業提携


鮫島:私自身も30年前は電子顕微鏡を操作していた研究者だったので貴社技術の価値は非常によく分かります。要するに、従来の電子顕微鏡の手法ではぶどうを見たくてもレーズンになってしまったのが、本来のぶどうのままを観察できるということですね。


針山:仰る通りです。電子顕微鏡を操作するには高真空の環境が必要であるため、水分が失われ潰れた状態になった対象物を観察せざるを得ませんでした。これに対し、当社独自のNanoSuit液で対象物に成膜を施すことで、高真空下でも脱水を防ぎ形状が保持されたまま観察することが可能になります。これによって、「変形した死んだ生物」から「リアルな生きた生物」の観察ができるようになるだけでなく、従来法では2日間かかっていた電子顕微鏡の観察プロセスをたった3分で完了することができるようになりました。

鮫島:上記乾燥の問題の他、当時は金属蒸着処理など観察までのプロセスに多くのお金と時間が費やされていましたが、NanoSuit技術があればどれだけ救われたことか。この技術をどのように広めていくのでしょうか。


針山:ビジネスモデルとしては、①自社でNanoSuit液を製造し総代理店である日新イーエム社を通じて国内外に販売、②電顕受託事業者へのNanoSuit電顕観察法のライセンス、③NanoSuitを用いた観察方法開発受託の3つの形態で事業を進めています。

鮫島:難易度の高い技術課題が③を通じて集まってくることが予想されるので、そこに新たな特許の芽があるかもしれませんね。これまでの知財戦略に対する取組みはいかがでしょうか。


針山:本研究開発は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の支援を受けて始まり、2013年にJSTの支援も受け基本特許数件は国内外で既に登録済みです。2017年からJST-START(研究成果展開事業 大学発新産業創出プログラム)に採択され、起業後はJSTより特許実施許諾を受けて事業を行っています。2013年に「特許を出すまで論文公表してはならない」と初めて知ったくらいで、それまでは大学やJSTの知財部に任せっきりでした。今後は自社独自の特許取得も視野に入れています。

鮫島:汎用性の高い技術は、いま考えうる用途で特許を押さえても新しい用途を見つけられて回避されることが多く、高度な知財戦略が求められます。社会的・市場的インパクトの大きな用途を如何にして選択していくか、同時に、その事業化に積極的に取り組んでくれる大企業のパートナーを見つけられるかどうかが鍵になります。


針山:現在事業開発を進めている分野は2つあります。ひとつは食品保護加工分野で、NanoSuit液を食品コーティングとして用いることで食品の水分を維持し保存期間を延長させる狙いです。もちろん生体適合性高分子なので食べても飲んでも無害であり、大きな事業規模が見込めます。もう一つはイムノクロマトグラフィ(抗原検査)の新検査法です。新型コロナウイルスの第3波が押し寄せる中、PCR法に代わる簡便・迅速かつ高感度な検査手法として社会的意義の高い用途です。他にも多種多様な業種から問い合わせをもらっていますが、リソース不足で全て対応できていないのが課題です。

鮫島:ベンチャービジネスの成功は如何に早く不毛な相手との取引を遮断できるかどうかが全てと言っても過言ではありません。相手方の本気度を見極めるために事業計画を質問してみるとよいでしょう。PoC契約においても、最低限の実費負担をしてもらうべき。交渉優位に立つためには、優れた技術だけでなく特許との両輪が最低条件となります。


針山:浜松医科大学発ベンチャーとして起業したのだから、社会実装は何としても成し遂げたいと考えています。全く新しく独創性が極めて高い技術と自負していますが、それを最大限活かす知財戦略や企業法務が重要だと理解できました。我々単独での事業開発ではなく適切な提携企業との協業をベースに展開していくことを想定しているので、会社としての体制も整備していきたいと思います。

鮫島:川崎市は知財戦略支援で先進的な取組みを行っていますが、その中に市内企業の知財相談費用を一部負担するというものがあります。浜松市には優れた技術力を持つベンチャーが数多くあるので、同様の支援制度が拡充されるといいですね。我々も各技術分野に精通したプロフェッショナルが多数在籍しているので、気軽にご相談ください。本日はありがとうございました。


*対談後のコメント

針山:神仏習合で代表されるように、もともと日本文化は多くの分野が協力し人々の生活を豊かにしてきた。現代は不思議なことに学問と企業が乖離し、数多くの専門分野がそれぞれ関係を持ちにくくなってしまった。学問の中で、いわば純粋培養されてきた自分が起業したことで「多様な見方があるものだ」と目を見開く日々が続いている。研究でも選択集中しデザインを構築することが不可欠であるが、ビジネスモデルを成立させるのは難しい。多くの方々のお力をいただき世界観を学んで習合し、新たな時代を作ってみたい。

鮫島:電子顕微鏡による観察時のイノベーションを提供する、玄人受けする領域のベンチャー企業である。一般的にはニッチであるが、科学技術的な意義は甚大であり、それに伴い、相応の市場規模が期待できる、市場汎用性の高いベンチャーと位置づけられる。このような汎用技術にかかるベンチャーにおいては、事業テーマの選択と集中、それに沿ったビジネスモデルの開発がキーとなるが、その傍らで、いかにコスト効率の良い知財戦略を採用するかということが重要である。


―「THE INDEPENDENTS」2021年1月号 P14-15より
※冊子掲載時点での情報です