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「<Vol.8>東北大学ベンチャーパートナーズの投資戦略」

公開

東北大学ベンチャーパートナーズ(株)
取締役投資部長 樋口 哲郎 氏
(株)ジャフコにて投資事業組合の企画、設立、募集、投資家への説明等ファンド運営全般を担当。公開コンサルティングを4年間で11社担当し、うち10社を新規上場に導く。シンガポールのJAFCO Investment(Asia Pacific)Ltdにおいて取締役副社長(CFO)を務め、アジア、オセアニア地域の会社運営及び投資委員会メンバーとして投資決定に携わる。2017年4月東北大学ベンチャーパートナーズ(株)取締役投資部長就任。慶應義塾大学経済学部卒業。

インデペンデンツクラブ代表理事
秦 信行 氏



樋口 哲郎 氏(東北大学ベンチャーパートナーズ(株) 取締役投資部長)


このコラムは、現在全国で数多く生まれているスタートアップ支援組織や支援団体を対象に、その組織や団体が生まれた背景や経緯、支援内容の特色、組織としての今後の方向性、組織からみた日本のベンチャー・エコシステムの現状、問題点や課題などを、主として組織・団体のトップへのインタビューを通じて紹介するものである。今回は東北大学100%子会社である東北大学ベンチャーパートナーズ(株)の取組みについて取り上げる。

※2020年11月2日インデペンデンツクラブ月例会より

秦:ご存知のように、日本では2001年に発表された大学発ベンチャー1000社計画によって、大学での研究シーズを事業化するベンチャーに対する支援策が施され、同時に国立大学の法人化など、大学改革も進められた。その中で2014年に成立した産業競争力強化法に基づく特定研究成果活用支援事業として4国立大学に大学100%出資のVCが出来、ファンド資金として合計1000億円が国から拠出された。本日は、その1つである東北大学ベンチャーパートナーズ(略称THVP)取締役兼投資部長の樋口さんから現状をお話いただく。


樋口:2015年設立後すぐの時期にインデペンデンツクラブでお話をさせていただき、それから5年が経った。2020年9月末を以て1号ファンドの新規投資が終了したので、現在2号ファンドの募集を行っている。
 1号ファンドは総額96,8億円(うち70億円が国から東北大学に拠出された資金で残りは民間の金融機関)、期限10年でスタートし、現状26社に52億円を投資した。投資対象は、東北大学を中心にした大学の研究成果、それも新産業創出に繋がるような研究成果を事業化しようとする事業者であり、研究者ではない。加えて、東北の震災復興に貢献し雇用拡大に資するような事業へ投資している。
 初回投資だけを見ると26社に対して37億円となり1社あたり平均約1.5億円、シード・スタートアップ期としては大きい金額といえる。26社の内半分は東北以外に拠点を置いているが、いずれも東北大学と何らかの関係を持っているベンチャーだ。
 今LP募集を進めている2号ファンドは総額約80億円とスケールダウンの計画にしている。大学発ベンチャーはディープテック分野が多く投資回収に時間が掛かる。従って、10年期限のファンドであれば3~3.5年で新規投資を終わらせ、残りの時間をバリューアドと回収にかける必要がある。そうなると新規投資の金額としては1号より小さめくらいが我々の実力だと考えた。
 2号ファンドの基本コンセプトは1号と変わらないのだが、東北一円のベンチャーへの投資、特に他県の国立大学発ベンチャーへの投資にも取り組みたいと考えている。一般的には、東北地域は人口減少や高齢化など課題が多くネガティブな見方が多いように思う。しかし、これらの課題は、近い将来日本全国共通の課題になる。課題先進地域だからこそ課題解決型で先端的な事業も出て来るのではないか、そうしたベンチャーへの投資を進めていきたい。

秦:2号ファンドは東北全域での投資も拡大したいということだが、東北は広い。そうなると投資をしてもハンズオンが難しいのではないか。


樋口:我々としてはシード・スタートアップ期の支援は地元の大学などにお任せし、ステージアップのための投資をやらせてもらいたいと考えている。

秦:現状の投資チームの体制はどうなっているか。加えて、現在投資先の社外役員を何社位やっているのか。


樋口:現状7人体制で投資活動を行っているが、その中で私は投資先8社の社外役員になっている。最近は取締役会もオンラインなので何とかやれているが工夫が必要だ。例えば議論の経緯を正確に記録しておくのが難しいので、当社からオブザーバーでもう一人出席させている。投資部員としてあと2~3人は増やしたい。現在2人位の目途は立ちつつあるが、事業会社やメーカーでビジネス・ディベロップメントをやっていたような人や、出来ればキャピタリスト経験者も採用したい。

秦:東北全体のベンチャー・エコシステムの現状についてどのように考えておられるか。


樋口:東北ではこの5年間上場会社が1社も出ていない。そのため、上場することの意味を経験的に語れる人材が少ない。また、起業家より支援者の方が数も多く熱心だ。上場を目指す起業家に対して、支援者がサポートしようとなる。結果的に、起業家に対して過保護な状態であるように思う。

秦:そうした状態を是正するにはどうしたらいいか。


樋口:東北には国立大学や国立の高専も数多くあって、そこで研究している学生や研究者など高度人材は多い。しかし、これまでは彼らは東北に定着せずに出て行ってしまう。そこをどう食い止めるか。東北には未上場の有力企業はかなりある。その中から1社でも上場会社が出て来ると全体の雰囲気も変わるのではないか。
 同時に、技術系ベンチャーのクラスターと地域企業との水平分業体制を作っていく必要があるように思う。考えてみれば1990年代までの日本はそうしたベンチャー・エコシステムがなかった。そこから色々努力して20年位掛かってようやくそうしたものが出来始めている。東北も同じで、時間をかけてでもベンチャー・エコシステムを作りたい。1号ファンドが出来て5年、今組成している2号ファンドの終了時点で約15年になる。その頃にはベンチャー・エコシステムとして確立しているよう我々も尽力していく。

秦:最近日経新聞に「科技立国-落日の四半世紀」という連載記事が掲載された。そこには世界では基礎研究を核にした新しい事業が幾つも生まれているのに日本では基礎研究の価値を十分評価出来ていない。研究者自身も研究の事業化に関心がない、と書かれている。国内大学の研究活動についてどうお考えか。


樋口:大学での研究のメインテーマではなく、副次的なものが事業化に繋がることはよくある。我々はあくまで研究を活用したビジネスに投資するのであって、研究自体に投資するのではない。研究と事業化を区別して、研究成果の中で事業化できるテーマを取り上げるべきと考えている。

質問:大学の研究者の9割はビジネスに向いていないと思う。経営者をどうやって確保されているのか。


樋口:まず大学の研究者の知人や弟子でこれはという人を探したりする。しかし、例えば弟子の場合は、どうしても指導者である研究者に遠慮してモノが言えなくなることが多い。最近は専門の人材紹介会社を使っている。その場合は、紹介された候補者との面接には、シードを開発した研究者も同席してもらい、我々VCも入って3者で面接して決めるようにしている。ただ、半年から1年位時間は掛かる。

質問:東北は保守的だと言われている。その点どう思われるか。


樋口:確かに根っこは保守的だと感じる。地元の歴史のある事業会社は、かなりの資産をお持ちの方も多いように思うが、不動産に振り向けられているようだ。ただ、少しずつ変わってきてはいるようには思う。仙台市の職員の方々もベンチャー支援に積極的だ。加えて、大学も触媒の役割を果たすようになりつつある。これからの東北に期待していただきたい。

※「THE INDEPENDENTS」2020年12月号 掲載
※冊子掲載時点での情報です