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「歯の再生治療ベンチャーにおける市場戦略とライセンス交渉」

公開

<話し手>
トレジェムバイオファーマ株式会社
代表取締役 喜早 ほのか 氏
生年月日:1981年6月5日 出身高校:同志社高等学校 2006年大阪歯科大学卒業、歯科医師免許取得。2008年京都大学大学院医学研究科博士課程(医学専攻<口腔外科学分野>)入学、以後歯の再生治療研究に携わる。2014年京都大学博士(医学)取得。現在も歯科医師として診療にも従事している。2020年5月トレジェムバイオファーマ株式会社設立、代表取締役に就任。

【トレジェムバイオファーマ株式会社】
設 立 :2020年5月12日
所在地 :京都府京都市左京区吉田本町36番地1
資本金 :34,997千円
事業内容:歯数制御による歯の再生治療薬の開発

<聞き手>
弁護士法人内田・鮫島法律事務所
弁護士 鮫島 正洋氏(左)
1963年1月8日生。神奈川県立横浜翠嵐高校卒業。
1985年3月東京工業大学金属工学科卒業。
1985年4月藤倉電線(株)(現・フジクラ)入社〜電線材料の開発等に従事。
1991年11月弁理士試験合格。1992年3月日本アイ・ビー・エム(株)〜知的財産マネジメントに従事。
1996年11月司法試験合格。1999年4月弁護士登録(51期)。
2004年7月内田・鮫島法律事務所開設〜現在に至る。

鮫島正洋の知財インタビュー

歯の再生治療ベンチャーにおける市場戦略とライセンス交渉


鮫島:サメや爬虫類は何度も歯が生え変わりますが、人間でも永久歯の次に歯を生えさせることができる可能性があることに驚きました。どういう原理になるのでしょうか。


喜早:京都大学医学研究科口腔外科学 高橋克准教授(歯科医師)が発見したもので、永久歯の次に生える歯(第3生歯)を成長させることによって歯の再生を実現します。通常は骨形成タンパク質BMP等の働きを阻害する拮抗分子USAG-1遺伝子によって第3生歯は負に制御され消失してしまいますが、これを抑える中和抗体とsiRNAを開発し、種々の動物でその効果が確認できています。

鮫島:歯の再生医療をおこなう創薬ベンチャーになりますが、パイプライン戦略はどのようにお考えですか。

喜早:まずは120万人いると言われる先天性無歯症に対する治療薬を1号として上市を目指します。ここで安全性と有効性を確立し、2号として部分無歯症へ適応拡大して事業成長を図ります。その後、加齢や歯周病、事故等で歯を失った後天性無歯症の市場に対し、第3生歯の再生治療を3号として開発し、インプラントや義歯と並ぶ新たな選択肢を提供したいと考えています。

鮫島:希少疾患である先天性無歯症からエントリーすることで、競合の参入が比較的少ない状況で技術確立や知財確保ができ、莫大な市場である後天性無歯症へ広げていける戦略は素晴らしいと思います。

喜早:現在は前臨床開発段階で、中和抗体のヒト化に向けた開発を進めています。パイプライン1号の上市を2030年頃と想定していますが、2号と合わせれば相応の市場規模と社会性があります。

鮫島:2016年よりAMEDや京都大学産学連携本部の事業化支援を受けて、2020年5月に創業されました。知財は大学に帰属していますが、大学発ベンチャーとしてライセンス契約交渉は重要なポイントになります。

喜早:この事業化にあたり、大阪大学や福井大学、愛知県医療療育総合センター発達障害研究所とも共同研究を行い、知財にはその研究者が含まれています。そのため、(株)TLO京都や一般社団法人芝蘭会(医学部関連の産学連携推進事業等を運営)と話し合いを進めています。

鮫島:契約形態はもちろん、その期間やPCT出願など、スタートアップの戦略と大学やTLOで考え方が一致しないケースが往々にしてあるので注意しなければなりません。多額の資金を要する創薬ベンチャーの場合は投資家の視点も必要です。

喜早:当然ながら京都大学等へその研究成果から得られる利益を還元しなければという思いは強くあります。2020年8月末に京都大学イノベーションキャピタル(株)から出資を受けており、社会実装を任された大学発ベンチャー経営者としての責任もあります。そのため、新たな特許出願も視野に入れていますが、既に論文として発表してしまっている内容の知財化は難しいでしょうか。

鮫島:発表後1年以内であれば「新規性喪失の例外(特許法第30条)」の適用を受けることが出来ますが制限もあります。新たな研究も進んでいると思われるので、その差分を知財化することを勧めますね。

喜早:私自身は歯科医としての臨床経験もあり、高橋准教授の研究グループに参加して「これは患者にとって必要な技術だ」と自ら手を挙げて代表に就任しました。経営と臨床/研究は別ものと理解していますが、特に小児の先天性無歯症は栄養確保や成長を阻害するため、少しでも早く上市したいと願っています。今後の知財戦略については慎重に進めたいと思います。

鮫島:大学とのライセンス交渉と平行して研究開発とその成果の知財化はどんどん進めていくべきですね。具体的な進め方やどこまで権利化していくか等、優先順位を明確にした知財戦略をこの時期から考えることが重要です。バイオ分野に詳しい弁護士も在籍しているので、是非一度ご相談ください。本日はありがとうございました。


*対談後のコメント

喜早:とても貴重な機会をいただきまして、ありがとうございました。大学発ベンチャーということで、大学に甘んじているところが正直あったのですが、ライセンス契約交渉は最初がとても重要であることを教えていただくことができました。交渉中のタイミングにアドバイスをいただけて、とても幸運でした。優先順位を明確にした知財戦略を策定し、できるだけ早く、安全に歯の再生治療薬を患者さんに届けたいと思います。

鮫島:入れ歯やインプラントに続く歯の第3の治療方法を確立することを目的としているベンチャーであり、極めて大きな市場が想定されるが、希少疾患の治療薬から市場に入っていくというアプローチ・センスは非常によい。知財戦略は、大学による論文発表済みの知見と今後特許化ができる知見との棚卸しを行うことによって、組み立てていくべきである。


―「THE INDEPENDENTS」2020年11月号 P14-15より
※冊子掲載時点での情報です