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「コロナ禍と日本のベンチャー」

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早稲田大学 名誉教授
インデペンデンツクラブ名誉会長
松田 修一 氏

1943年山口県大島郡出身。1972年早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。1973年監査法人サンワ事務所(現・トーマツ)パートナー。1986年早稲田大学システム科学研究所(アジア太平洋研究センター)助教授(1991年教授)。1993年早稲田大学アントレプレヌール研究会を組織、代表理事(現在)。1997年日本ベンチャー学会副会長(2004年会長就任。現在顧問)1998年ウエルインベストメント(株)設立(現在取締役会長)。2007年早稲田大学大学院商学研究科教授(現在:早稲田大学名誉教授)。2015年特定非営利活動法人インデペンデンツクラブ設立、代表理事就任(2019年7月より名誉会長)。


■ 日本のコロナ禍の対応

2019年12月に中国武漢で、「原因不明のウイルス性肺炎」の症例が確認されました。日本では2020年1月28日武漢からの旅行者を乗せた観光バスの運転手の感染が確認され、同日政府は「指定感染症」に指定しました。2月は、武漢からのチャーター便を使った日本人の帰国やクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の集団感染が注目されました。

2月28日に文科省から小学校、中学校、高等学校等の一斉臨時休業に関する通達で、3月2日からの臨時休校が5月末まで継続し、さらに9月新学期も検討されています。

世界保健機関(WHO)が3月11日、新型コロナウイルスのパンデミックの状態を正式に発表しました。政府は、3月13日改正新型インフルエンザ対策特別措置法を成立させ、45条に緊急事態宣言が発令された都道府県の知事が施設や店舗に、感染拡大防止のため休業を要請・指示でき、従わない者を公表できると定めました。ただし、罰則無しの条項で、日本国民の良識に期待した日本独特の強制力無しの改正です。

緊急事態宣言が、4月7日7都府県(東京と近県、大阪、兵庫、福岡)に発令し、16日全国に拡大されました。さらに、5月4日に連休明け以降5月31日まで延期することが決定されました。公的交通機関は通常運行のまま、感染リスクを減らす「3つの密」(密閉、密集、密接)を防ぐ不要不急の外出をさける行動の変容に伴う新しい生活様式を要請しています。

■ コロナ禍の過程で見えてきた日本の課題

1月に日本で発覚したコロナ感染者が、医療機関の集団感染を防ぐためのPCR検査方法の課題があり、先進6カ国と比較すると圧倒的に少なく、5月4日現在感染者15千人、死者5百人を超えました。この中で、次のような6つの課題が見えてきました。

①医療診察システム

救急時の外国人対応、PCR検査の民間活用、オンライン診断

②医薬医療機器開発

アビガン等臨床機関や新薬開発支援、人工呼吸機器と増産

③個人・中小企業支援

個人10万円一律付与、事業閉鎖・休業等の協力金、雇用維持

④経済効率化

感染防止のマスク等製造の中国依存、全産業のバリューチェーン

⑤インバウンド

パンデミックによる国際間移動、東京オリンピック開催、宿泊施設等

⑥国の危機管理

政府と地方の役割、縦割り行政、マイナンバー不徹底等の情報分散

国の平時運営の精緻化が、緊急時の柔軟な対応とスピードを困難にしています。

■ ベンチャー企業が試される危機対応力

ベンチャー企業は、リスクに果敢に挑戦する起業家に率いられた若い企業と定義できますが、このリスクは、「計算しつくした」ことを前提にしています。2019年にVC及びCVCの大型ファンドの組成があり、日本では史上最高の4千億円超のベンチャー投資が実施されました。しかし、昨年12月からIPO承認ベンチャーの辞退が相次ぎました。コロナ禍下での事業計画の不安定と株式市場の急落とが要因です。感染症という制御不能なリスクを予測することは困難ですが、倒産確率が高く社歴の浅いベンチャー企業にとって、成長と事業継続のバランスを常に考えた余裕ある資金確保が最重要です。

現状におけるVC等の豊富な資金は救いですが、コロナ後の経済活動の景色が様変わりし、ウイルス抑え込みに長期を要するので、投資先の選別が厳しくなることをベンチャー企業は覚悟し、政策金融やクラウドファンディングを含む多様な調達の手当てを考える必要があります。多くの投資ファンドは、EXITとしてM&Aの比重が高まることを前提に、回収を優位に進めるため多様な種類株を活用しています。しかし、ベンチャー企業は、環境激変期の経営の自由度を確保するため、事業開発リスクを共有する事業会社やVCに対して種類株を安易に発行しないことも選択肢の一つです。

■ 日本ベンチャー学会の緊急提言とポストコロナ

日本ベンチャー学会では、各務茂夫会長の元、2020年4月に「緊急提言: 新型コロナウイルス禍からの復活 -課題解決先進国として、我が国は再びベンチャー大国を目指す-」を公表し、下記の7つの提言に関し政府を始め関係者に提出及び説明に行っています。詳細に関しては、学会のホームページをぜひ閲覧してください。

日本ベンチャー学会は、緊急事態宣言が発令された 2020 年 4 月 7 日に理事会 を開催した。その場でこの緊急提言の取りまとめ発信することを決議した。この日は、我が国が課題先進国から課題解決先進国に本格的に変わる起点の日、我が国が国難を乗り切るためにベンチャー企業こそが主役であるという基本認識に立った日と捉え、我が国のあるべき変革を緊急提言としてまとめた。

【提言 1】国難を救うのはベンチャー企業であるとの基本認識に立つ
【提言 2】社会課題の克服を希求するベンチャー企業を阻む規制・ルールの打破
【提言 3】政府主導の社会変革プロジェクトはベンチャー企業を主役に
【提言 4】大企業等の人材の流動性(モビリティー)を高める
【提言 5】政府による民間ベンチャーキャピタル等への支援の継続・拡充
【提言 6】大学発ベンチャー支援の仕組みの継続的な確保
【提言 7】アントレプレナーシップ教育改革の推進

*日本ベンチャー学会 緊急提言書「新型コロナウイルス禍からの復活」より

これは、最低限の経済・雇用を維持しながら、ポストコロナの対応を、ベンチャー企業を起点にいかにして行うかを提言しています。インデペンデンツクラブに参画する我々は、戦後、いや明治以来、積み上げてきた日本の強固な岩盤としての仕組みを変えていくチャンスと捉え、ベンチャー企業を取り巻く社会・政治・経済の変革の一翼を担おうではありませんか。


※「THE INDEPENDENTS」2020年6月号 掲載(執筆 2020.5.10)
※冊子掲載時点での情報です