「革新的な薬物送達技術で脳神経疾患の特効薬をいち早く患者に届けます」
公開
<話し手>
(株)ブレイゾン・セラピューティクス 代表取締役 戸須 眞理子氏(右)
熊本県生まれ。八代高校出身。東京薬科大学卒業。明治薬科大学大学院課程外博士 薬剤師、薬学博士。国立がん研究センターならびに東京大学医科学研究所における研究生活を経て、外資系企業に転職し、研究からマーケティング本部長、事業部長、社長を経験。2017年3月(株)ブレイゾン・セラピューティクス代表取締役就任。
<聞き手>
弁護士法人内田・鮫島法律事務所
弁護士 鮫島 正洋氏(左)
1963年1月8日生。神奈川県立横浜翠嵐高校卒業。
1985年3月東京工業大学金属工学科卒業。
1985年4月藤倉電線(株)(現・フジクラ)入社〜電線材料の開発等に従事。
1991年11月弁理士試験合格。1992年3月日本アイ・ビー・エム(株)〜知的財産マネジメントに従事。
1996年11月司法試験合格。1999年4月弁護士登録(51期)。
2004年7月内田・鮫島法律事務所開設〜現在に至る。
内田・鮫島法律事務所知財インタビュー
革新的な薬物送達技術で脳神経疾患の特効薬をいち早く患者に届けます
■ブドウ糖を活用した脳への薬物送達技術
鮫島:貴社は横田隆徳教授(東京医科歯科大学)と片岡一則特任教授(東京大学大学院工学研究科)による共同研究の成果の実装に向け、(株)ファストトラックイニシアティブや川崎市のナノ医療イノベーションセンターの支援を受けて2015年に設立された創薬ベンチャーです。
戸須:私は国立の研究機関で10年以上研究職を務めた後、ライスサイエンス分野の外資系企業複数社でマーケティングを担当していました。2017年3月に研究成果の本格的な社会実装を目指すべく当社の代表に就任しました。鮫島:片岡教授らが開発したグルコース修飾ミセルは2017年の10月に論文が発表されたばかりの最先端の研究です。仕組みについて教えてください。
戸須:脳の血管内皮細胞には血液脳関門と呼ばれる脳の活動に不要なものは通さず、必要な物質のみを選択的に取り込む生体内バリアがあり、薬剤の脳への送達を困難にしています。鮫島:脳腫瘍やアルツハイマー病の治療薬開発が進んでこなかった原因はこの生体内バリアにあったんですね。
戸須:当社の技術は、脳がグルコース(ブドウ糖)を選択的に取り込む機構を利用し、薬物を内包する表面をグルコースで修飾したミセル(ナノ粒子)を届けることで、薬物を脳へ送達できる技術です。また、ナノ粒子には、低分子化合物だけでなく核酸医薬や抗体など、様々な医薬品を封入することができます。今までは脳に到達させることができなかった分子の送達も可能になるだけでなく、ミセル化製剤にすることにより、脳への送達が課題であった既存薬剤も新しい薬になる可能性があります。鮫島:脳腫瘍やアルツハイマー病にとどまらず、うつ病や統合失調症など、広範な脳神経疾患治療への大きな貢献が期待できますね。
■基本技術概念特許を基盤に製法・物質特許網を構築
戸須:競合企業は国内外に数社ありますが、グルコース修飾ミセルを活用しているのは当社だけです。脳への薬剤の送達率は当社の技術が最も高くなっています。鮫島:知財法務についてはそれなりのコストを割いて基盤を固めるべき分野だと思います。特許の取得状況について教えてください。
戸須:基本の技術特許は東京大学と東京医科歯科大学が日本、米国で取得しており、当社が独占ライセンス契約を結んでいます。今後共同研究によって生じた各分子のグルコース修飾ミセル化の製法特許や、シーズ化合物のミセル化による物質特許はライセンスインするだけでなく、当社での取得も目指します。鮫島:現時点で基本特許を広い範囲で取得できている点は強みになると思います。グルコース修飾ミセルの技術が貴社の事業の根幹なので、製薬会社との協業の際には貴社単独で製法特許・物質特許を取得できるような契約を締結すべく交渉していただければと思います。
■国内外で共同研究を進め社会実装を目指す
戸須:グルコース修飾ミセルの研究・改良開発を進めつつ、複数の製薬会社との共同研究を開始しています。当社が目的の薬剤を包含したミセルの提供を行い、臨床試験は製薬会社側が行います。鮫島:上市までにどの程度の資金が必要になりますか。
戸須:開発費用と人材確保に6年間で20億円程度かかる予定です。昨年度までに7億円の資金調達を行い、ボストンに研究拠点を立ち上げる予定です。今後も継続的に資金調達は実施していきます。鮫島:世界中にニーズのある技術なので、資金調達やIPOは日本国内にこだわる必要はないと思います。国際特許による知財保護を強固にしつつ海外企業との協業を進めるのも一手ではないでしょうか。
戸須:あくまでグルコース修飾ミセル技術のプラットフォーム事業を中心に考えていますが、当社で創薬パイプラインを持つことも検討しています。鮫島:確かにパイプラインを持つというのにも一理ありますが、非常にわかりやすく、かつ、市場性も高い技術なのでこの技術一本に注力するという考え方にも十分な合理性があるかと思います。早期の社会実装に期待しています。本日はありがとうございました。
*対談後のコメント
【戸須】血液脳関門を突破する技術は、これまで困難だった中枢神経系疾患の新薬開発の世界を変えることができると考えています。新しい薬の開発だけでなく、既存の薬剤の中でも、効果はあるものの脳への送達が難しく適用されていなかったものもミセル化製剤にすることにより、リポジショニングができる可能性があります。鮫島先生のご指摘通り、特許戦略をしっかり構築し、強いビジネス展開の基盤にしていきたいと思っています。私たちは、中枢神経疾患への薬の開発の限界を突破します。【鮫島】当職が感銘を受けたのは、技術の市場性・可能性の大きさもさることながら、この技術を形作っている二つの異質な要素技術がわずか数キロ圏内に存在していたということである。これほど多様な技術ポートフォリオを持っている町は存在せず、これが東京・日本の競争力である。同社の競争力は、これらの技術を組み合わせて、全く異次元なドラッグデリバリーを提供する点にあるが、スピード・意思疎通の円滑さも物理的な距離が近いことに由来する部分は多々あろう。
(2018.1.21)
―「THE INDEPENDENTS」2018年3月号 P26-27より
※冊子掲載時点での情報です