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「シリコンバレーの危機」

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國學院大学
教授 秦 信行 氏

野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。
1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。
1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。
日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。
早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)



 先日の日経新聞の朝刊に「「住」に悩むシリコンバレー」という記事が掲載されたのをご覧になった方も多いのではないか。

 シリコンバレーは、ご存知のように特定の行政区ではないので、明確な地域として認識はできないが、サンフランシスコの南東、スタンフォード大学のあるパロアルトを中心に半径50キロ円の中に入るくらいの地域、車で1時間で人に会える地域といわれる。新聞記事によると、そのシリコンバレーが更に南東方向に伸びることになりそうだという。

 原因はグーグルらしく、事業拡大に伴い社員は増加を続けており、パロアルト、そのすぐ北のメンローパークや南のマウンテンビューといったシリコンバレーの中心地域ではオフィスを確保することが難しくなっている。そのため、比較的開発が進んでいない南東のサンノゼ、それもダウンタウンから少し西にあるカルトレイン(サンフランシスコとサンノゼ、更には南のギルロイを結ぶ鉄道)の駅であるディリドン駅周辺に2万人が働くオフィスを現在建設中なのだそうだ。それが完成するとシリコンバレーではこれから南部の地域の人口膨張が予想され、地価等は更に高騰することになりそうだという。

 何故鉄道の駅近くにオフィスをつくるのか。記事によると、それは現状自分の車を持たない都市型のライフスタイルを好む若者が増えており、彼らの通勤の都合を考えると鉄道の駅近くにオフィスがあることは人材獲得上も有利に働くからだという。日本ならともかく、米国でも本当に自家用車を持たない若者が増えているのかどうか、少し疑わしい感じがしないでもないが、グーグルの新しいオフィスが出来ることでシリコンバレーの南東の地域での人口流入が増えることは確かなようで、社会インフラ整備の問題が心配される。

 2000年前後、筆者がスタンフォード大学に客員研究員として滞在していた頃、1998年秋創業のグーグルはまだ従業員100人前後のベンチャーだった。確か当時メンローパークにオフィスがあったように記憶するが、それから20年、あっという間に大企業に成長した。

 グーグルだけでなく、周知のようにシリコンバレーでは急成長するベンチャーが数多く生まれている。全米のVC投資の約半分がシリコンバレーで投資されている現状から見ると、シリコンバレーから退出する企業もあるであろうが企業の数、並びに従業員数は今後も確実に増えていくと思われる。

 以前このコラムでシリコンバレーが急激に膨張する結果、インフラ整備が追い付かず、不動産価格や家賃の高騰で人々が入ってこなくなる危険性について触れた。今まさに同じようなことが起ころうとしている。

 とはいえ、グーグル、フェイスブック、アップルといったシリコンバレーの急成長グローバル・ベンチャーの収益力は非常に高く、利益は各社年間1兆円を優に超えている。こうした企業が次々に生まれている地域であるシリコンバレーだからこそ、その生産力、収益力を生かしてインフラ整備を進められないことはないようにも思うのだが・・・



※「THE INDEPENDENTS」2018年8月号 掲載