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「技術の収益化に伴う知財戦略(2)-必須特許ポートフォリオ論-」

公開


弁護士法人 内田・鮫島法律事務所
弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。

【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】
所在地:東京都港区虎ノ門2-10-1 虎ノ門ツインビルディング東館16階
TEL:03-5561-8550(代表)
構成人員:弁護士25名・スタッフ13名
取扱法律分野:知財・技術を中心とする法律事務(契約・訴訟)/破産申立、企業再生などの企業法務/瑕疵担保責任、製造物責任、会社法、労務など、製造業に生起する一般法律業務
http://www.uslf.jp/

図参照


1.はじめに

 前回のコラムでは,独自開発を行うに伴って知財戦略が必要となることを述べました。今回から数回にわたって,知財戦略を活用するのに必要となる具体的な知財戦略のセオリー(※1)をお話ししていきます。

2.マーケット選定のポイント

 企業がニッチトップを目指す場合,まず重要となるのはマーケット選定です。必ずしもマーケットの規模が大きければよいというわけではありません。新規参入のマーケットとして大きなマーケットを選んでビジネスを開始しても,大企業との競合になり,いくら技術力が良くても,最後は体力勝負になって,負けてしまう可能性が高いからです。ニッチトップを目指すのであれば,大企業の参入が難しい中小規模の市場が好ましいと言えます。
 次に,競合企業と不利な体力勝負に陥らない1つのカギは,「必須特許(ある製品を生産する際に回避不能,使わざるを得ない特許)」の取得だと言われています。しかし,既に多くの特許が出願されている分野では,必須特許の取得が難しく,市場参入が難しいか,参入してもやがて撤退せざるを得なくなります。そこで,マーケット選定においては,開発前に特許調査をきちんと行い,必須特許取得性を有する市場を選ぶことが肝要となります。

3.必須特許取得の重要性(必須特許ポートフォリオ論)

 なぜ必須特許を取得することがカギとなるのか,図を用いて説明します。ある製品の市場を大円で表現します。この製品を製造するためには複数の必須特許が必要であり,この市場では,A,B,C社の三社がこれらの必須特許を保有していることを表しています(●:A社の必須特許,▲:B社の必須特許,★:C社の必須特許)。そして,D社はまだ必須特許を取得できていないという状況です。A社はこの製品を生産するときに,自社の必須特許をもちろん使いますが,B社の必須特許も使わざるを得ません。そして,同様に,B社も自社製品を生産するときに,自社の必須特許と共に,A社の必須特許も使わざるを得ません。このような利益状況は,言い換えれば,A社はB社の特許権を侵害し,B社もA社の特許権を侵害している状況といえます。両社は相互に特許権侵害で相手方を提起できますが,両社が訴え合ってもお互いに差止請求が認められるだけで何の利益もありません。そのため,互いの存在を尊重し,市場の中で切磋琢磨していくという関係を選びます(※2)。
 一方,C社が保有する必須特許は1件だけです。しかし,特許権はたとえ1件であったとしても排他的効力を有する権利ですから,会社規模に関わらずC社にもA社,B社と同様の考え方が適用されます(※3)。
 他方,必須特許を保有しないD社が市場参入を試みた場合には,A,B,C社から差止請求がなされ,事業撤退を余儀なくされます。
 このように,必須特許を持っていれば市場の中にいることができて,持っていなければ市場に入れない,ということになります。すなわち,必須特許は市場参入のチケットということができます。したがって,中小規模ながら良い市場を選んだのであれば,きちんと開発の成果として必須特許を取り,独占を目指すというのが,最も効率的なニッチトップへの道だということが分かるかと思います。

4.さいごに

 今回のコラムでは,企業がニッチトップになるためには必須特許の取得が重要であることをお話しました。次回は,この必須特許の取得可能性を高め,投資回収の確率の高い開発行為が可能なマーケティングアプローチについて掘り下げます。

※1 本コラムで紹介する知財戦略セオリーの詳細は、鮫島正洋編「技術法務のススメ」(2014年・日本加除出版)14頁~81頁参照。
※2 俗に言う「クロスライセンス」であり,明示的に契約を締結する場合もあれば,黙示的に相互の存在を認め合う場合もあります。
※3 ただし,1件の必須特許であると,特許が無効にされ市場撤退となるリスクは大きくなります。

※「THE INDEPENDENTS」2017年11月号 - p26より