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「続・株式公開・上場の意味」

公開


國學院大学
教授 秦 信行 氏

野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。
1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。
1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。
日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。
早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)

2017年11月21日 福山チャレンジ企業セミナー登壇

ベンチャーコミュニティを巡って


 前回のこのコラムで「日米と跨いだシリアルアントレプレナー」と題して去る9月29日にマザーズに上場したテックポイント・インクの代表小里文宏氏を紹介した。上場したテックポイント・インクの株価は、初値が公開価格650円を上回り1072円、その後も順調に値上がりし一時2500円を超えた。10月20日(木)の終値は1870円となっている。
 実は筆者はテックポイント・インクが上場した次の日に小里さんと食事をご一緒し、色々お話をお伺いした。その中で、米国ナスダック市場への上場を経験されている小里さんに、今回の日本のマザーズ市場と米国ナスダック市場への上場の違い、特に審査や手続きといった面での相違を聞いてみた。彼の答えは、例えば今回のマザーズ上場に際して取引所から求められた提出資料がナスダックの時の3倍くらい多かったことに示されるように、マザーズ市場の方が相当面倒であり、時間も掛かったということであった。
 小里さんが2社目に創業されたTechwell社がナスダックに上場したのは2006年、それから10年が経過している。従ってこの10年で米国の市場も上場に際して審査など手続きが厳しく面倒になっているのかもしれない。その意味では正確なところは分からないが、少なくとも最近の日本の新規上場審査は厳しくなり手続きも面倒になっているように思う。
 投資家保護という面から見ると上場審査の厳格化は評価できようが、審査の厳格化によって成長ポテンシャルを有した企業の上場、資金調達力の強化が制約されるという点ではどうか、新規上場企業の評価は投資家の自己責任にもっと任せていいのではないかという意見もあろう。上場の厳格化か投資家の自己責任に任せる上場の緩和か、市場も過去揺れてきたように思う。筆者にはそのどちらに重点を置くべきかの判断は正直できない。
 一方、このコラムの104回「株式公開・上場の意味」でも述べたように、近年VCのみならず様々なファンドが組成され、そうしたファンドから未上場でもかなりの金額の資金調達が可能な環境が生まれている。そうした環境がユニコーンと称せられる時価総額10億ドル以上の未上場企業の登場に繋がっていることは確かで、先のコラムにも書いたように、同時にそのことが投資家保護などの観点から経営上の制約が発生する上場よりも非上場のままの状態が選好され、近年上場が敬遠される結果になっているようにも思われる。
 とはいえ、筆者はそもそも会社は社会に開かれた存在であるべきだと考えている。換言すると会社はそもそも社会の公器たるべきだと考えている。それは必ずしも株式公開・上場べきだということを意味するわけではないが、会社の経営者は出来るだけ会社の状況を社会に開示し、会社を知ってもらうことで社会的な信用を得ることが会社の経営をスムーズに進める上でも必要だと思う。その先にあるのが株式公開・上場であり、そうした意味でも多くの会社に株式公開・上場を目指してほしいと考えている。勿論、上場すると経営的にある程度の制約が出ることは確かであろうが、それを覚悟して上場できる健全な会社の体制にすることの意味は大きいと言ってよかろう。


※「THE INDEPENDENTS」2017年11月号 掲載