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「トランプとシリコンバレー」

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國學院大学
教授 秦 信行 氏

野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。
1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。
1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。
日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。
早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)

ベンチャーコミュニティを巡って


トランプが次期大統領に選ばれた。それにしても、何故ミセス・クリントンはあそこまで人気がないのだろうか。

周知のように、もともとシリコンバレーは政府、官の関与というか干渉がほとんどない中で、民間の力で現在のような起業家・ベンチャーのエコシステムを構築してきた。シリコンバレー成功の大きな要因の一つに「ワシントンから遠かったからだ」ということがシリコンバレーの中で言われてきたことをご存知の方も多いのではないだろうか。

その意味で大統領が変わってもシリコンバレーに大きな影響はないようにもいえるが、しかし、トランプの言動を見ていると心配の種はある。

例えば、トランプのアップルに対する批判である。トランプは中国で「iPhone」をアップルが生産することを問題視したり、セキュリティ解除巡りFBIと揉めたときにはアップル製品の不買運動まで呼びかけたと報道された。IT関連企業が数多く上場しているナスダック株式市場の株価は、トランプの勝利が決まって以降相対的には冴えない。

一番の心配は、トランプが専門的な技術、スキルを持つ外国人が米国で働く時に必要な「H1B」ビザの発給の原則廃止を今回の選挙の公約に掲げていることであろう。詳細は筆者も知らないが、その背景に彼の米国人、なかでも白人の米国人を優先させたいとする考え方があることは想像に難くない。特にシリコンバレーで働くIT企業のエンジニアの多くは海外(最近では大半がインドから来た人達)で、彼らは「H1B」ビザを発給されて働いている。従って、「H1B」ビザの発給の廃止は米国人雇用の増加に繋がるわけである。

このビザの問題は、現在のシリコンバレーにとっては極めて大きな問題と言わざるを得ない。そうでなくともシリコンバレーでは現在、必要とするITエンジニアが不足しており、そのためにITエンジニアの給与は高騰している。もし、トランプが大統領になり「H1B」ビザ発給を公約通りに廃止することになれば、海外からのITエンジニアの供給は一時的にせよ減少し、更なる人件費高騰を招くことになりかねない。

こうしたトランプが次期大統領に選ばれたことに伴う問題以外にもシリコンバレーは現状、様々な問題を抱えているようである。今年の夏に出版された『シリコンバレーで起きている本当のこと』(朝日新聞出版)を読むと問題の幾つかを知ることが出来る。筆者は、朝日新聞サンフランシスコ支局長の宮地ゆう氏、彼は2014年3月にサンフランシスコに赴任され、その後約2年間ベイエリア、なかでもシリコンバレーでの取材活動をされている。

このコラムでも、現在のシリコンバレーで起きていることを幾つか簡単に紹介してきたが、宮地氏の本でさらに詳しく幾つかの問題を知ることが出来る。

問題があるとは言え、シリコンバレーは今や世界の革新力の中心であることは間違いない。シリコンバレーの衰退は世界全体にとっても大きな損失と言わざると得ない。今後もシリコンバレーの状況は継続的にウオッチする必要がある。

日本で起業家人材の不足が言われて久しい。起業家教育で有名なスタンフォード大学では起業家に必要な素養は、人間が持っている様々な要素をバランス良く持っていることだと言われる。だからこそ起業家は、あらゆる職業人になれる素地を持っているのだと。

筆者がかつて面談した海外の起業家の多くは、自然科学と経営学、2つの学位を持っている人達だった。それは起業家の知識レベルの広がりを意味すること以上に、人間としての幅が広がることにおいて重要な意味を持っているように思う。翻って、日本の教育体制の改革を望みたい。

※「THE INDEPENDENTS」2016年12月号 - p25より