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「化学・バイオ分野における特許(2)」

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弁護士法人 内田・鮫島法律事務所
弁護士/弁理士 篠田 淳郎 氏

2008年東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻博士課程(理学博士)修了後、阿形・本多国際特許事務所(現:本多国際特許事務所)入所。2015年1月弁護士法人内田・鮫島法律事務所入所。

【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】
所在地:東京都港区虎ノ門2-10-1 虎ノ門ツインビルディング東館16階
TEL:03-5561-8550(代表)
構成人員:弁護士23名・スタッフ10名
取扱法律分野:知財・技術を中心とする法律事務(契約・訴訟)/破産申立、企業再生などの企業法務/瑕疵担保責任、製造物責任、会社法、労務など、製造業に生起する一般法律業務
http://www.uslf.jp/




1.はじめに

 今回から、化学・バイオ分野に特有のプラクティスについて触れていきます。

2.特許出願の場面における実施例の重要性

 特許出願の場面における化学・バイオ分野とそれ以外の発明との大きな違いといえば幾つかありますが、一番大きなものとして、「実施例」の重要性が挙げられるのではないでしょうか。
 「実施例」とは、だいたい、特許出願明細書の最後のほうに記載されますが、特許出願の対象となる発明に該当する製品を実際に作った例や、発明に該当する方法を実際に用いて製品を製造した例を記載します。
 この実施例というものが、化学・バイオ分野では特に重要視されます。それは、化学・バイオ分野の発明が、発明の構成だけからはその発明の効果が予測できないためという理由があります。発明というものは、課題があって、それを解決する手段として生み出されて一定の効果を発揮します。それらの要素が特許の明細書に記載されていないと、その明細書を見た第三者がその特許発明が有用なものかを判断できず、トレースして改良することもできず、技術の進歩につながりません。また、成分だけが特定されていて、効果が発揮されるかどうか確認されていないような薬品・化粧品などは、そもそも発明として完成されていないということにもなってしまいます。

3.実施例の中身

 このように、発明の効果が予測できないことから、基本的に、化学・バイオ分野では、製品を製造した手順だけではなく、その製品が、所望の効果を発揮したという結果までを実施例に記載する必要があります。手順と結果を記載する、という点は学術論文と同じですが、考察の記載までは必須ではありません(ただし、発明の効果が得られるメカニズムに関する考察・説明を記載することで、実施例の数が少なくても広い特許がとれることがあります)。
 そして、広くて強い特許をとりたいのであれば、多種多様な実施例を用意するということがセオリーとして挙げられます。特許法は、発明を公に開示する代償として独占権を与えるという制度です。したがって、明細書中に様々な構成の具体例とその効果を記載しておくことで、開示に見合った広い範囲の特許が認められやすくなります。たとえば、「海藻抽出物からなる育毛剤」という発明を特許化したいのであれば、実施例として、ワカメ、ホンダワラ、ヒジキ、アオノリなど、様々な海藻の抽出物が育毛効果を奏するということを記載することが推奨されます。その際、効果を実証する試験方法は1種類でも構いません(例えば、被験者5名中4名で3ヶ月後に毛髪量の増加が見られた、など)。ポイントは「広く浅く実施例を用意する」です。これが、ワカメ抽出物からなる育毛剤の例しか明細書に記載されていないと、いくらワカメ抽出物の効果を実証する試験が何種類も記載されたとしても(たとえば、被験者に対する臨床試験のほかに、細胞増殖試験、マウスを用いた試験など)、ワカメ以外の海藻抽出物を用いた場合に育毛効果が得られるか不明であるとして、「海藻抽出物からなる育毛剤」という広い範囲での権利化は難しくなります。

「THE INDEPENDENTS」2016年10月号 - p20より