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「会社とは、上場とは」

公開


國學院大学
教授 秦 信行 氏

野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。
1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。
1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。
日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。
早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)

ベンチャーコミュニティを巡って


最新のダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビューで糸井重里氏のインタビューを読んだ。タイトルは「「ほぼ日」の常識は、資本市場の非常識か」。糸井氏が1979年に設立した株式会社東京糸井重里事務所の株式上場を巡るインタビュー記事である。

糸井重里氏は日本を代表するコピーライターである。その彼が会社とか上場とか資本市場とかについて語っていることを知ってまず驚いた。加えて、記事を読み株式会社東京糸井重里事務所が数年前から確かに上場に向けて準備していることが分かり再度驚かされた。

インタビューは、彼独特の言葉遣いや言い回しで語られており、彼の意を正しく汲み取れているか怪しいところもある。ただ、内容がかなり刺激的であったことは確かであり、誤解を覚悟で彼の発言を整理し、彼の主張を5点皆さんに紹介しておきたい。

第一は、会社の上場を考えたきっかけについて。彼の会社は周りからは「愉快で楽しそうだね」と言われる会社だった。つまり、彼に言わせると「ヒッピー」や「ロック」といった「子どもの自由」に浸っていたのだと。しかし、そこに安住していては自分も社員も「人としての魅力がなくなってしまうのではないかと」と思ったと言うのだ。上場することで自分達を「子どもの自由」から解放し、「おとなの自由」とも絡みたいのだと。

第二には、上場することの意味について。彼は上場して話したいのは「こうすれば儲かるという話ではなく、こうすれば人が喜ぶという話」であり、「生きていることは面白いということを(上場で)伝えたい」と言う。世の中には「こうすれば儲かるという話」を評価する投資家もいれば、「こうすれば人が喜び、生きていてよかったと思える話」を評価する投資家もいるはずだ、と。加えて、人を喜ばせるためにはお金も必要で「そのためにも上場は避けて通れない」と考えているとも言っている。

第三は会社の存在意義について。糸井氏は「好き勝手なことばかりやっていたら、すぐに飽きてしまいます。人や社会に働きかけて返ってくるものがなければ、会社の存在意義はありません。拍手を受けたり、時にはしぶきを浴びたり、(中略)それがガバナンスであり、コンプライアンスということなんでしょう」と述べている。

第四は儲けることについて。上記したように糸井氏は上場してこうすれば儲かるという話はしたくないと言っている。しかし、「儲けることを考えないと踏ん張りが利かない」とも言っている。そして、「儲けなくてもいい仕事を、いまでもたまに始めてしまいそうになります。でもその企画は、結局根性がありません」とも語っている。つまり彼は、「自分のやりたいことをやるのと、儲けることは対立軸にはなりません」と言うのだ。

そして第五は彼の会社である糸井事務所について。「糸井事務所と高いROEを誇る会社を勝手に比べていただいてかまいません。数字が低くても馬鹿にされる覚えもありませんし、馬鹿にするつもりもありません。まったく別の生き物ということです」。

今までの常識を覆す糸井氏の発言、その真意を少しく考えてみてもいいように思う。


※「THE INDEPENDENTS」2016年3号 - p17より