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「イスラエルへの挑戦」

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國學院大学
教授 秦 信行 氏

野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。
1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。
1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。
日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。
早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)

ベンチャーコミュニティを巡って


先日、経済産業研究所のセミナーで(株)サムライインキュベートというVCファンド運用会社のトップ榊原健太郎氏の話を聞く機会を得た。

榊原氏はIT系の事業会社に約10年勤務した後、先輩の独立系ベンチャーキャピタリストの支援もあってサムライインキュベートを2008年に立ち上げている。ベンチャー支援者に転身したのは、彼の言によると、自分の葬式により沢山の人に来てほしいからだそうだ。

サムライインキュベートは設立以降一貫して創業期のベンチャーに少額の資金を投資すると同時に、ワーキングスペースを提供するなど経営面の支援も行うスタイルのベンチャー・サポートを実践している。その意味ではVCというよりインキュベーター、ないしは数年前に米国に生まれたシード・アクセラレーターと言っていい事業を展開している。つまり、サムライインキュベートはベンチャーの創業期に数百万円レベルの投資を行うだけでその後は本格的なVCに資金援助をバトンタッチする形の投資を行っている。ファンドは既に4本組成し、成果も上がっているようだ。

その榊原氏が2年前に突然イスラエルへの移住を決意する。イスラエルはご存知のように人口1000万人弱の小国ではあるものの、ベンチャー支援には熱心で、ベンチャーの輩出は数多い。年間のVC投資金額も日本を大きく凌駕しており、技術的にも軍事技術を中心に面白いものが多いと聞く。榊原氏がイスラエル移住を決意したのもそうしたことが背景にあるという。

面白いのは、榊原氏はイスラエル行きを突然決意し、すぐに実行したことである。それも言葉に自信があったわけではない。イスラエルは英語が十分通じる国だが、2年前の彼の英語は相当ひどかったようだ(セミナーでは彼の2年前の自身のTOEICの点数を披歴してくれたがここではあえて伏せておく)。加えて、セミナーでは移住するにはビザが必要であることも明確には理解していなかったと話されていた。

しかし、この2年で彼の英語もかなりインプルーブされたようで、先般安倍首相がイスラエルに訪問し、イスラエル首相のネタニヤフ首相も出席され開催されたセミナーにも同席し発言している。現地での投資活動も進んでおり、既に20社近くに投資を実行している模様。投資対象としては、日本と何らかの形でコ・ワークを期待している、ないしはコ・ワークが可能なベンチャーに照準を当てており、その数は多いという。

現在、榊原氏はイスラエルに居を構え、日本と行ったり来たりの生活を送っている。最近の若者が海外に行くことを躊躇う傾向がある中で、40歳を過ぎた彼を若者とは言えないかもしれないし、その行動は少し無謀といえるかもしれないけれども、彼の行動力は評価に値しよう。同時に、今後彼をロールモデルにして、イスラエルだけでなく世界を目指して日本から積極的に出ていく若者が増えていき、ベンチャーの世界のグローバル化がさらに加速することを期待したい。

※「THE INDEPENDENTS」2015年12月号 - p19より