「「地方創生への道―山形・鶴岡での試み」」
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國學院大学
教授 秦 信行 氏
野村総合研究所にて17年間証券アナリスト、インベストメントバンキング業務等に従事。
1991年JAFCO に出向、審査部長、海外審査部長を歴任。
1994年國學院大学に移り、現在同大学教授。1999年から約2年間スタンフォード大学客員研究員。
日本ベンチャー学会理事であり、日本ベンチャーキャピタル協会設立にも中心的に尽力。
早稲田大学政経学部卒業。同大学院修士課程修了(経済学修士)
VCファンド1サイクル(10年)を経験することの意味
「独立系ベンチャーキャピタルへの期待」
「ビジネス・アントレプレナーとソーシャル・アントレプレナー」
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昨晩、インデペンデンツクラブ主催で「地方創生と大学発バイオベンチャー成功の条件」、副題で「『鶴岡の奇蹟』と地域Eco-system」と題する特別セミナーが開催された(詳しくは大滝義博・西澤昭夫編著『大学発バイオベンチャー成功の条件』創成社、参照)。副題にあるようにこのセミナーは、山形県鶴岡市で1990年代以降に構想されたバイオクラスター形成の成果に関する報告とその試みが持つ意義等について議論するものであった。
山形県鶴岡市は人口約14万人、山形県の日本海側に面する地方都市で、藤沢周平描くところの江戸時代、庄内藩の城下町として栄えた町でもある。ただ、御多分に漏れず近年は他の地方都市と同様、人口減少を伴う地方経済の衰退を免れることが出来なかった。
この小地方都市にバイオというハイテク分野の研究開発拠点作りが始まり、2001年には慶應義塾大学先端生命科学研究所が開設、そこで生み出されたヒトの細胞の代謝物を解析する画期的な技術であるメタボローム解析技術を活用し、癌やうつ病などの診断薬の開発を目指すベンチャー、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社(HMT社)が昨2013年12月、創業約10年でマザーズ市場に上場を果たした。
更に、この先端生命科学研究所では、昆虫の蜘蛛の糸を原料とする繊維が開発され、最近話題になっている。この繊維は強くて軽く、将来炭素繊維に代わる自動車や航空機の躯体の強化素材として大きな期待がもたれている。
このように東北の一地方都市に過ぎなかった鶴岡は、ここ十数年で俄かにバイオ分野の「知の拠点」として活気づいている。セミナーでは、このような革新を実現しつつある鶴岡での取組が、研究をリードしてきた先端生命科学研究所の研究員の方、ベンチャーであるHMT社の経営陣と開発者、HMT社を当初から支援してきたバイオ分野のベンチャーキャピタリスト、この企画を担当した鶴岡市の行政マン、加えて事業に参画し専門的な立場から支援をしてきたバイオ専門のジャーナリストといった人々から語られた。同時に、この事業が計画から約20年、一応の成果を生み出すことが出来た背景、要因といった点についても当事者から幾つかのポイントが指摘された。
鶴岡の試みは、バイオベンチャーであるHMT社及びそれをサポートした「産」、鶴岡市ならびに山形県という「官」、そして鶴岡という首都圏以外の地域に初めて進出を決断した慶應義塾大学という「学」、これら「産官学」が上手く協力した結果だといえよう。中でもセミナーでの話からは、事業を終始指導してきた鶴岡市、特に当初の責任者であった当時の鶴岡市長のブレない姿勢が大きな貢献を果たしたように思う。
いずれにしても、鶴岡と言う日本の地方都市が「知の拠点」として生まれ変わりつつあるという事実は、他の地方都市の再生に向けて大きなヒントを与えてくれているといえよう。鶴岡の事例は、アベノミクスの成長戦略の1つの柱である地方創生に向けたモデル、知識産業時代を担う新しい地域経営の在り方のモデルを提示しているといってよい。
※「THE INDEPENDENTS」2014年12月号 - p16より
【特別セミナー】「地方創生と大学発バイオベンチャー成功の条件」~『鶴岡の奇蹟』を超えるために
【ベンチャーコミュニティを巡って第72回】VCファンド1サイクル(10年)を経験することの意味