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「人工乳房製作のカウンセリング戦略」

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株式会社池山メディカルジャパン
代表取締役 池山 紀之さん

1958年 愛知県名古屋市生まれ
1982年 奈良大学卒業
1983年 米国UCLA留学
1985年 日東興業(株)医療事業部
    歯科インプラント事業立ち上げ
2003年 (株)ウロメディカルジャパン設立

住所:愛知県名古屋市名東区高社1-231 エルパティオ一社107
TEL:052-776-6918 設立:2003年1月8日 資本金:1,800万円
事業内容:オーダーメイド人工乳房の製作
https://www.ikeyama-mj.co.jp/

※2011.10.21 全文公開しました

―人工乳房の製作を始めたきっかけを教えてください
1995年、私の妹が乳がんになり左の乳房を切除しました。妹は「人目を気にして温泉に行けない」と非常に悩んでいました。当時の人工乳房は、すぐ外れたり蒸れたりと実用性が低いものばかりでした。私は父親が経営するインプラントの製造会社に勤務しながら、ボランティアで耳や鼻を失ってしまった方の人工ボディを作っていました。その経験を応用して「普通の生活が送れるような人工乳房がほしい」という彼女の願いを適えようと考えたのがきっかけです。

―乳がん患者は年々増加傾向にありますが、対象となる女性はどれくらいいるのでしょうか?
新規乳がん患者は年間約5万人にのぼり、その内4割の方が乳房切除をおこないます。また、既に乳房がない方は、全国で30?40万人いるといわれます。人工乳房の装着は、術後5年経ってから検討される傾向にあります。当社はこれまで1,000名の方に人工乳房を提供しました。現在も毎年倍増のご注文を頂いております。

―どのような動機から人工乳房の装着を選択するのでしょうか?
皆さん乳房を切除する前の生活を送りたいと願っています。何より女性にとって乳房は大切なシンボルであり、それを失う精神的なショックは計り知れません。男性にとってはなかなか理解できないことですが、乳がん患者には乳房を取るくらいなら死んでもいいと考える方も少なくありません。再建手術の技術が発達している昨今ではありますが、中には手術そのものに不安を感じる方もいらっしゃいます。そんな中、痛みを伴わない人工乳房が患者様にとってのひとつの選択肢としてより多くの方に知っていただくことが私共の願いです。こういう商品があったというだけでも涙を流してくれる人もいて、「人生で一番安い買い物」だと喜んでいただいております。

―人工乳房の購入には時間がかかるため、カウンセリングに特に力を入れられるそうですね
乳がん患者は喪失感がとても大きく、重要なのはいかに心の埋め合わせができるかです。人工乳房を選択する決心がつかない方が多く、当社では購買前に必ずお客様にカウンセリングをさせて頂いております。アドバイザーは人生経験豊かな50代女性スタッフを揃えています。また製作を担当するブレストケアアーティストも女性スタッフだけです。

―どんな遠方でもカウンセリング出張されるそうですが、費用負担は大丈夫ですか?
最低限の費用(交通費30,000円)はご負担を頂きますが、全国どこでも、お客様の自宅、協力病院等のご指定する場所に参ります。1人の患者のために、北海道の稚内まで行ったこともあります。当社の拠点は名古屋と東京の2箇所ですが、メールや電話での対応力も高め、効率的な出張スケジュールを組めるノウハウもできました。お客様の気持ちに対する細やかな配慮が、とても大切だと考えているからです。

―カウンセリングする上でのポイントはどこにあるのでしょうか?
当社はアドバイザーとブレストケアアーティストの2名同席で接客いたします。カウンセリング能力と、乳房を製作できる能力は別だという考えからです。また、カウンセリング後の「型取り」は必ず別の日に設定しています。早く作りたいという方にも数日お待ちいただきます。ゆっくり考える時間を設け、自然な流れで購入を決心していただくためです。身体の一部として長くお使い頂くためには、きちんと理解いただき、納得した上で製作させていただきます。

―人工乳房の製作フローについて教えてください
当社人工乳房はオーダーメイド型で、独自のシリコーン剤を使って本物の乳房に形や質感を近づけます。まずは健常側の乳房を参考にし、左右対称となるよう「型取り」をおこないます。次に、出来上がった型をもとに「粘土合わせ」をおこない、お客様に確認いただきながら装着感など細かい部分の調整をおこないます。最後に、実際にお胸に装着させて頂き、人工乳房のお色合わせをしてから納品いたします。最初の相談から完成まで約2?3ヶ月が目安です。

―型取りから製品を作れば工程が短縮されるのに、粘土合わせをする必要性はあるのでしょうか?
型取りだけではそっくりな形にはなりませんし、無理な力が加わると体から外れてしまう問題があります。一度粘土で作ってボディ合わせをすることで、形や身体の動きとのバランスを調整します。ゴルフや水泳など、ある動作をするための専用乳房を製作することもあります。事業開始1年目は粘土合わせを行っていませんでしたが、2年目以降この工程を加えることでお客様の評判も良くなり、今では外せない作業になっています。

―病院とは協力関係にありながら、人工乳房は医療用具には該当しないのでしょうか?
医療とは「機能回復のためのものか否か」で定義されるため、人工乳房は医療器具には該当しません。ただ、医療用具製造販売の資格は既に有しており、将来的には医療用具として認可されるよう取り組んでいきます。当社パンフレットを置く病院が全国各地にあり、医療関係者の方々とは協力関係にあります。

―使用感に関しては、お客様の反応はいかがですか?
外見上は色付けをきちんと行うのでほとんど見分けはつきません。恋人に人工乳房だとは全く気づかれなかったと喜んで頂いたケースもあります。粘着剤によって直接肌に装着しますので、もちろん温泉にも入れます。本物ような人工乳房のアフターケアについても、クリーニングも含め納品後3年間を保証しています。

―他社製品と比べて一番の違いは何でしょうか?
健常者と同じ既製品のブラジャーが使えることです。他社商品では、乳がん患者専用ブラジャーしか使用できません。当社製品は「思いっきりスポーツができる」「普通の洋服が着られる」「可愛い柄のブラジャーが着用できる」という要望に応えられます。ブラジャーについてはとにかく徹底的に研究しましたね。私たちは普通の生活をしていただくための人工乳房を目指しております。だからこそ乳がん患者から選ばれていると自負しています。

―オーダーメイドで事業展開するには技量を持つ人材確保がボトルネックになりませんか?
アーティストの育成・確保には最も力を入れています。人工乳房製作に関する講習、検定試験の実施を目的とした一般社団法人人工乳房協会を2010年に設立しました。現在、人工乳房製作の資格取得者は2級が80名、1級で10名います。研修費は自己負担ですが、患者のため、世の中のため、と志高い人が応募されます。昨年に新聞掲載されたときは500名の応募があったほどです。現在は6?7名規模で、6ヶ月間のセミナーを通じて1人前になるまでの講習を行っています。

―全国展開の戦略はどのようにお考えですか?
ようやくスタッフが育ってきて、需要に供給が追いつくようになってきました。現在社員25名の内、アドバイザーは6名、ブレストケアアーティストは10名ですが、来年には更に40名まで確保できる予定です。今期は東京にも進出し、年内には熊本オフィスも開設いたします。出張費負担を敬遠して諦めてしまうお客様も全体の1割から2割いますので、全国に協力販売店や拠点を増やすことが急務です。

―30万円から100万円の価格体系がありますが、どのように分けられているのですか?
製作するブレストケアアーティストの等級レベルによって価格は異なります。ヘリの部分の色など本物に近い完成度に合わせ、30万円・50万円・100万円の3種類をご用意しております。1級取得者が製作するものは、胸が開いた服を着ても本物と見紛うくらいの出来映えになります。

―乳房再建手術を支援する事業も新たに始められました
当社の乳房の型取技術を応用し、型自体を計量カップのように利用して脂肪を詰めて乳房を形成する「MT計量法」を開発しました。病院に対して「MT計量法」で乳房再建手術方法を指導し、当社からは型を取るために配合した材料を提供していきます。これまで乳房再建手術は医者の勘だけで行われていましたが、計測方法を確立して、経験の低い医者でも綺麗な乳房を再現することができるようになります。

―シンプルなアイディアですが、特許などの知的財産はどのように管理されていますか?
MT計量法では、再建するために型取りしたものが軽量皿および型になることに対して特許を取得しています。人工乳頭「ニップル」の作製キット、乳房パッド「ファルシーズ」にも特許取得・意匠登録を行っています。前職のインプラント受託開発で、取引先に技術を盗用されてしまった経験から、知財については細心の注意を払っています。

―海外展開も検討されていますか?
海外においては、やはり日本のものづくり技術が高く評価されています。乳房再建手術が盛んなヨーロッパやアメリカにおいて、日本とは異なる形でMT計量法を展開していきます。具体的には、写真で型取りをし、色付けなど手作業を伴う製作工程は日本人が現地でおこなうモデルでの展開を考えています。人工乳頭や乳房パッドに関する需要も確認しており、こちらも早々に販売を開始します。

―父親の会社から独立された経緯についてお聞かせ下さい
泌尿器科の先生と共同で尿道ステントに関する技術を開発し、特許化に成功しました。しかし先生の急逝、9.11事件による米国展開頓挫など不運が続き事業化はすっかり諦めていました。ところがある日突然、特許を調べた外資系医療機器メーカーが商品化してくれという話が舞い込みました。その事業計画を見ると5年後に6000億円。もうこれは何が何でもやるしかないぞと(笑)。そこで仲間46名が出資して資本金1億5,000万円とスタートしました。しかし医療用機器申請のための症例がなかなか揃わず、3年目には資金が底を尽きました。

―当初の尿道ステントから人工乳房製作に事業転換されたきっかけについて教えてください
創業時より、同時並行で人工乳房の試作も進めていました。尿道ステント事業が思うように進まず、どうしようか悩んでいた中、2005年6月に乳がん学会で展示発表する機会を得ました。するとものすごく反応が良く、先生方からも大丈夫と太鼓判をいただき事業転換を決意しました。株主も説得して2006年より人工乳房の販売を開始、2009年には何とか黒字化を達成できました。

―創業時から株式公開について意識されていたとの事ですが、現在はどのようにお考えでしょうか?
人工乳房製作サービスを提供して6年経ってまだこのステージにしか到達できていないと焦りを感じています。自己資金でできることは限られています。株式公開を果たすことによって、株式市場で広く資金調達できることは大変魅力です。認知拡大や人材獲得なども当社にとっては大きなプラスだと考えています。今期から新しく取り組んだことに確信が持てる決算を迎えられたなら、本格的に株式公開に向けて準備を進めてまいります。

―今後の展望や事業に対する想いをお聞かせ下さい
将来的には、乳房だけでなく人体の他の部位も手掛けていきたいと考えています。自然な身体を再現する技術のみならず、精神面のケアなど当社の強みが発揮できる余地はまだまだあります。一方で、これまでずっと医療の仕事に携わってきた中で患者間の格差を強く感じました。全世界どこでも同じ値段という格差のないサービスを確立するのが私の理想です。

―本日はありがとうございました。最後に好きな書籍を教えてください
辞書が好きで、暇があれば読んでいます。とにかく知らないことがあるのが嫌な性質です。高校・大学時代は歴史の教師志望で、人工乳房とは全く違う分野でしたが、今の事業は興味津々で、毎日すごくわくわくしています。

※全文は「THE INDEPENDENTS」2011年11月号にてご覧いただけます