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「IPOと人材」

公開


元野村證券株式会社
公開引受部 出原 敏 氏

野村證券で長い間IPO業務に係わる。2008年定年退職し、現在は非常勤監査役及びIPOコンサルティング等の業務に従事。

今年の就職内定率は大学新卒者で80.5%、高校新卒者で86.4%とのことです。厳しいながらも、いずれも昨年より3%程度の改善がみられました。一方就職後の安定就業率については卒業後3年間で、大卒・専門学校卒では48%、高校卒の場合は32%に過ぎないことがわかりました。つまり一生懸命就活して、就職しても3年もすれば多くの社員がその会社を離職してしまうのです。離職後は再就職或いはフリーターなどになり、まったく別の仕事をしているのが現状です。一社に滅私奉公などと言われた時代と比べ、就職事情も大きく変わってきているのが分かります。

ところで、IPOのメリットの一つに人材の確保が挙げられています。バブルの頃は好景気で募集すれども人は来ず、特に中堅企業以下の会社では全く採用できないという現象が生まれました。そこで、人材獲得に有効な手段としてIPOが活用された時代もあったのです。現在は不況に加え、経済のソフト化あるいは円高対策としての工場の海外への移転が加速し、労働市場は買い手市場となり、かつての様な人材獲得優先のIPOは考えづらい状況となりました。そうした中でも、はやりIPOの威力は大きいと思います。応募してくる人材の質が違うのです。

ただ問題なのは、IPOを境に人材の質が異なることによる社内の軋轢です。糟糠(そうこう)の社員の頑張りにより、IPOはできたわけですが、IPO以後の人材はその能力において在来社員を上回る場合が往々に見られます。IPOをするにはIPO前から人材に補充が必要ですが、必ずしも十分には行えていません。加えて事業の拡大に伴い、新卒だけでなく中途入社の採用も活発になってきます。その結果、いろいろなカルチャーを持った人材のサラダボール的な構成になってしまいます。

在来社員の場合は、会社が今日あるのは我々の努力のたまものとの自負があるものの、IPO後入社の優秀な社員に比べ、その能力差と次第についてゆく昇進の遅れに耐えきれず、辞めて行くようになります。特に企業のソフト化進んだ今日では、経験よりも、発想とか物事の処理能力が重要視される時代となり、古参というだけでは居場所がなくなって行きます。

中途入社組にも悩みはあります。中途入社組には大会社からのトラバーユが多く、このため、入って間もなくカルチャーショックを受けます。IPOには審査上、内部統制などにおいて大会社並みであることが求められます。しかし、外形的にはともかく、実態は個人会社の延長上にあり、オーナー兼社長がすべてである会社がほとんどです。待遇面などにおいてもその落差から不満が募り、ついには辞めてしまうことになります。IPO直後の会社の場合は規模も小さく、関係会社などもほとんど無いため、経営幹部の席は少なく、しかも一人が長い間在任していることが多いため、なかなか環境の好転は見込めません。ましてある日突然に別の落下傘が舞い降りる可能性もあるわけです。

新卒の場合は少し異なります。新卒の場合、ロイヤリティは高く会社としては時間をかけて育てていきたいと思うのですが、実情はなかなかこれを許してくれません。ある日、自分の給料くらいは自分で稼げと即戦力化を告げられ、途方に暮れてついには辞めてしまうことも多いように思えます。

会社が社内外とも会社らしい体質になるには、創業家の影響力が低下し、新卒組が経営幹部となる頃、つまりIPO後30年程度はかかるように思います。

様々な価値観を持った人達をまとめるには、企業理念などの徹底の他、社員の一体化を図る努力が必要でしょう。また、経営者などの幹部は、部下がたとえ自分より高学歴の者であっても、これを十分に使いこなすべく不断の努力を惜しんではなりません。

※「THE INDEPENDENTS」2012年4月号 - p19より