1 はじめに

 今回のコラムでは、スタートアップ法務・知財に重要な技術法務(法務業務と知財業務の融合)の一例を見ていきたいと思います。

 

 

⑴ 技術法務とは

 技術法務とは、その必要性に鑑み、2000年台前半(※1)から提唱される新規の法律サービスの形態であり、現在も尚進化を続けています。

 本来、法務も、知財も、企業の価値向上を図るという共通の目的を持ったサービスのはずであり、各々独自路線を進んだとしても企業価値は最大化されないはずです。両者の特性を的確に捉え、適切に融合したサービスが提供できれば、より企業価値が向上するに違いありません。

 技術法務では、技術マインド、ビジネスマインドの各マインドセットの存在を前提として、法務/知財を実務的な意味でシームレスに融合してサービス提供を行います。これにより、企業価値を増大させ、事業の成功、ひいては日本の競争力に貢献することを目的とします(※2)
 

 

⑵ 技術法務の一例(POC場面)


 大企業Y社は、従来からカメラ付き携帯電話を製造販売しており、撮影した画像を利用した新機能の創出が喫緊課題であったが、社内では新規技術を創出できないでいた。

 ベンチャー企業X社(依頼者)は、画期的なAIエンジンに関する特許を保有しており、AIエンジンの製品適用先を探していた。

 いま、X社(依頼者)が、大企業Y社と共同してAIを用いたアプリ開発を行うことを検討することになったとして、法律事務所(弁護士A)に、相談が来たとしよう。

 (X社(依頼者)は、Y社から提案されたPOC契約書を持参して、簡単なチェックをしてもらえばいいと考え、法律事務所に来訪していた。)

 
弁護士A:なるほど、貴社がAIエンジン部分、Y社がカメラ付き携帯電話で利用するアプリの事業化ですね。貴社の収益モデルは、AIエンジンにY社の顧客の情報を取り込んで画像認識を行うわけですね。想定する収益モデルは?
 
顧客X :画像認識ごとに課金をしようかと。ただ、現状の当社エンジンでどの程度の精度が出せるかは未知、カメラ付き携帯電話について、これからPoCをしていきます。
 
弁護士A:その際に判明した知見については、当社の権利にできるのですか。
 
顧客X :先方からは「PoCにお金を出す以上、こちら(Y)の帰属だ」と主張されていて困っています。
 
弁護士A:なるほど、発明が当社で創作されるとしたら、PoCでいただく実費程度の費用で知財権を移転せよ、というのは少々横暴に感じますね・・・ところで、PoC前に貴社が保有している技術については特許出願は完了していますか?
 
顧客X :?? 何でそれを行う必要があるのでしょう?(契約書の簡単チェックをしてつもりだったので、びっくりした表情)
 
弁護士A:PoC開始時点で貴社が保有している技術は「Background IP」といって、貴社固有の技術です。それをきちんと保全していなかったために相手方にPoCで生まれた技術(Foreground IP)だ、と主張されて泣く泣く共同出願にもっていかれてしまうケースが後を絶たないのです。
 
顧客X :いわゆる「技術のコンタミ」ってヤツですか。
 
弁護士A:そう。なので、次回のmtgでは早速、Y社との契約を見据え、貴社Background技術について特許出願すべきもの、ノウハウとしてブラックボックス化するものという、棚卸しをしましょう。Y社との契約で想定されるリスクを前提に、取得すべき特許の権利範囲を確定する必要があるので、弊所が直接発明発掘を行いますね。同時に、ブラックボックス化の範囲も、Y社との契約、特許の権利範囲と密接に関係するので、弊所でアドバイスします。ノウハウ保護に要求される不正競争防止法上の技術管理にかかる要件論も説明をします。
 
顧客X :???!
 
弁護士A:並行して、Y社とのPoC契約の交渉の戦術論についても検討しましょう。Background技術に関する特許ポートフォリオが脆弱だとこういう交渉もままならなくなるものです。契約、特許、情報管理…これらを最適化して事業競争力を作り出していくのです。
 

 上記場面における技術法務では、①契約、②知財戦略(実務)、③情報管理という三つのツールを駆使して顧客の事業価値・競争力の最大化を図る実務となります。

  技術法務によると、契約書案を見る前に、事業計画、事業上の立ち位置、狙うべきマーケット、既存特許の価値、将来の特許出願計画等を検討します。この検討を経ると、本当に今、そのPOC開発は必要なのか?今、その相手とPOC開発すべきなのか?適切なPOC開発相手は誰か?POC開発の適切な範囲は?などという、議論に進みます。紋切り型の契約レビューとはかけ離れた実務です。契約レビューの依頼に対し、特許の検討時間が大半を占めることもしばしばです(時には、発明発掘会議に変容することすらあります。)。

 契約書作成場面では、事業性や、技術の本質に目を向けた上で、特許の権利範囲の正確な理解を前提として、今後の特許出願計画も考慮することが肝要です。

以 上


<注釈>
(※1)  鮫島正洋「知的資本経営と技術法務の潮流」知財管理54巻181頁(2004年・一般社団法人日本知的財産協会)、鮫島正洋編「技術法務のススメ」(2014年・日本加除出版株式会社)
(※2)  弁護士法人内田・鮫島法律事務所(https://www.uslf.jp/
 
 
※「THE INDEPENDENTS」2025年12月号 P.17より
※掲載時点での情報です
 

 
弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏   弁護士法人 内田・鮫島法律事務所 弁護士/弁理士 高橋 正憲 氏

2004年北海道大学大学院工学研究科量子物理工学専攻修了後、(株)日立製作所入社、知的財産権本部配属。2007年弁理士試験合格。2012年北海道大学法科大学院修了。2013年司法試験合格。2015年1月より現職。

【弁護士法人 内田・鮫島法律事務所】
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